日本産精油の香りの魅力をさまざまな角度から紐解く【日本の森が育む精油のちから】

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序文 日本の森が育む精油のちから 取材・文◎水原敦子

日本ならではの繊細な香りは、森の豊かさによって育まれる

日本産精油の香りについて、皆さんはどんな印象を持っていますか? 

私は飛騨の森の樹々から精油を生産する仕事をしているのですが、「香りがとても繊細」「懐かしい」「匂いが強すぎなくて、ほっとする」。こんな感想をよくいただきます。

確かに、日本産精油は、複雑で柔らかい香りがします。

それには、国土の67%を森林が占めるという、肥沃な日本の土壌がまず理由に挙げられます。

たとえばヨーロッパは、氷河期に氷河が表土を削っていったため、土壌は貧弱で、植物の種類も多くありません。

イギリスでは珍重されるオーク(楢ナラ)は、ロイヤルオークとセシルオークの2種類のみです。

一方日本では、水楢、小楢、クヌギ、アベマキ、柏など17種類もあります。

そもそも日本は「温帯湿潤気候地域」で、多くの植物が生育しやすい環境なのです。

ヨーロッパと日本が同じ緯度にあると勘違いしている人は多いですが、ロンドンは日本の最北端よりさらに北にあり、そして九州はアフリカのサハラ砂漠と同じ北緯30度に位置します( 21頁 図1参照)。

日本は想像以上に南にある、暖かい地域なのです。

さらに、日本には、二千〜三千メートルに達する山が多く、高低差も激しい。亜寒帯、冷温帯、暖温帯、亜熱帯とさまざまな気候が存在するため、多様な植物が垂直分布しています( 21頁図2参照)。

幅広い気候帯と植生によって驚くほどたくさんの品種の植物が日本に生息している—これが、日本産精油の香りの芳醇さにつながっているのです。

実際に、北は北海道の和ハッカから、本州ではスギなどの針葉樹やクロモジをはじめとする広葉樹、柑橘や沖縄の月桃まで、全国でさまざまな精油がつくられています。

世界の貴重な精油成分が日本の森の中にあった

日本産精油の優れた力は、成分から見ても明らかです。こんなエピソードを紹介しましょう。    

1990年代、私は世界の森林を研究する旅で、植物学者サー・ドクター・プランスに会う機会がありました。

ロンドンのキューガーデンの園長だった彼はこう教えてくれました。

「稲本さん、樹は100年も1000年も生きるけれど、実際に生きているのは樹皮と葉だけで、幹の中心はほとんど死んでいます。それほど長く生きられるのは、樹皮や葉にアロマがあるから。それが細菌や昆虫を撃退してくれるのです。そこには免疫の全てがあるんですよ」

私はこの話に感銘を受け、帰国後にクロモジ、ヒノキ、アスナロなど、飛騨の森の樹々から精油をとる試みを始め、試行錯誤の末、17年前から製品として販売できるようになりました。

そんなある日のことです。〝絶対嗅覚〟ともいえる鼻を持つうちの女性社員がクロモジを嗅ぎ、「ローズウッドと似ている。リナロール成分が5割以上はあるはず」と言い出しました。

当時は〝リナロールはローズウッドにしか含まれていない〟と言われていたので、私は半信半疑でした。

しかし、民間会社や大学などで何度も測定してもらったところ、クロモジにはリナロールが52%も含まれ、植物学的にもローズウッドと兄弟だと分かったのです。

さらに研究を続けると、香水に使われるゲラニオール成分がニオイコブシにも存在し、ウィンターグリーンにしか無いといわれたサリチル酸メチルがミズメザクラに、ネロリにしか無いはずのネロリドールがヒメコマツに含まれていることも分かってきました。

海外にしか無いと思っていた優れたものが、私たちのすぐ足元にあったのです。

しかも、外国産のものに比べて日本産の精油は、成分が多様であることも明らかになりました( 21頁 図3参照)。

こうした日本産精油の成分の多様さを利用しない手はありません。

たとえば、ミズメザクラはシップのような匂いが強いのですが、ヒノキと山椒をブレンドしてあげると、香りがまろやかになって使いやすくなります。

どの樹とどの樹を植えたらどういう森がつくれるのか、その森に入ると人間にどう作用するのか。

日本のアロマのブレンド法は、森づくりに似ています。

温帯の人は温帯の香りを好むもの

以前、日本人に対して、同種か近類の植物で作った外国産の精油と、日本産のものとで、どちらが好きかというブラインドテストを行いました。

結果、多くの日本人が外国産よりも日本産を好むと出たのです( 21頁 図4参照)。

また、東日本大震災のときにはこんなエピソードがありました。

被災地でアロマトリートメントを行うボランティアチームに精油を寄付したところ、後日、ヒノキやクロモジといった日本の精油が圧倒的に被災地の方に好まれたということを聞きました。

おじいちゃんおばあちゃんは、昔、森に入っていた。だからこれらの香りに馴染みがあったのです。

中には、おばあちゃんにイランイランを使おうとして、「イランイランはいらん」と言われたという冗談のような話もあったようです。

外国産精油を否定するわけでは決してありませんが、日本では、強すぎる香りは拒否されることもあるのです。

そもそも極端に寒帯、熱帯の植物から抽出された外国の精油と、主に温帯の日本のものでは、植物の植生環境が異なり、成分も変わります。

アマゾンのような熱帯は菌も虫も強いので、それに対抗しようと精油の成分も激しく個性的になります。

一方日本の植物は、虫も菌も強くなく、他と調和して生き残ってきたゆえ、成分構成が複雑になり、白黒はっきりさせないまろやかな香りとなっています。

私の体験からも、熱帯でかかった病気には熱帯の薬草しか効きませんでした。

温帯の人には、温帯の植物の精油がちょうど良い働きをするのです。香りは、風土や国民性と相通じるものがあると思うのです。

植物の生き様が精油となり、人を健やかにする

今後、日本産精油のメーカーがさらに増え、愛用する人もより多くなると予測しています。しかし今はまだ、成分を分析し公表しているメーカーはわずか。

測定には高額な費用がかかるからです。

そこで私は「一般社団法人日本産天然精油連絡協議会」を立ち上げ、会員は無料で成分を測定し、安全な国産精油を提供できるようにと、国と共に仕組みづくりを行っています。

最後に、セラピストの皆さんにお願いしたいこと。実際に森を歩き、植物を採取して精油をとる体験をしてみましょう。

精油は生き物であり、アロマテラピーは、植物と人間との共鳴に他なりません。

森の中での植物の生き様が精油となり、人を癒すことを知ってほしいと思います。

セラピスト 2018年4月号より

隔月刊『セラピスト』は、アロマテラピー、ロミロミ、整体などのボディセラピーから、カウンセリングをはじめとする心理療法、スピリチュアルワークまで、さまざまなジャンルを扱っている専門誌です。

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