あなたが信じてきた医療は本当ですか? 田中 佳 (著)

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あなたが信じてきた医療は本当ですか?

医者と患者では「治る」の意味が違うことに気づいていますか? 命を守るために医療を考え直そう!という医師からの提言

第11章 医師の尊厳

1965年に公開された「赤ひげ」という映画では、成長していく医師と貧しい暮らしの中で生きる人々との人間愛が描かれていました。

私が持っていた医師の理想像である「赤ひげ」の話を書こうとしたら、「あっ、親父のことだ!」と思いました。

父親は眼科の開業医をしていました。

昭和2年生まれの父はご多分に漏れず頑固親父で、私が何か悪いことをすれば暗い診察室に呼び出し、激しい雷を落とす恐怖の大王でした。

家に帰ったときには必ず父親に挨拶をしなければならない家訓がありましたが、いつ帰っても患者さんを怒鳴り散らす声が聞こえてきます。

恐る恐るそっとドアの隙間から覗くと鬼の形相でにらみつけられました。

当時は患者さんを怒鳴り散らすとんでもない人だと思っていたのですが、常に診察まで3時間待ちにもかかわらず、待合室は患者さんで溢れかえり、外まで並んでいたものでした。

小学生だった私は実に不思議に思い、ある患者さんに「どうしてあんなに毎回怒鳴られるのに来るの?」と聞いてみました。

すると、患者さんは「真剣に私のことを心配してくれるからなのよ」と答えてくれました。

私自身は雷親父に怒鳴られるのが大嫌いなので、怒られに来るなんてわけが分からず、全く腑に落ちませんでした。

この出来事は、長いこと1つの疑問になっていました。私はその答えを無意識に探してしいたのかもしれません。

父の叱責は、患者さんの人生に寄り添った深い愛だったと気づくには長い時間を要しました。

現代医療で患者さんが恐れるのは、ドクハラ(ドクター・ハラスメント)です。

ドクハラとは、患者の心にトラウマを残すような暴言や態度などを指します。相談に来られる方々も、よくこのようなドクハラの話をなさいます。

質問するだけで不機嫌になったり、素人のくせに口出しするなと怒る。

私の言うことを信じられないなら他へ行けばいいと突き放す。まるで子供のような態度です。

つまり、大人として自立していない医者なのです。

なぜ、このような医者が多くなったのでしょう。それは、医者としての尊厳が失われたからではないでしょうか。

医者が自己の尊厳に向き合っていなければ、患者さんの尊厳にも向き合うことはできません。

今の私には分かります。

尊厳が持てなくなった理由のひとつは、治療ガイドラインに縛られていることがあると思います。

同時に、そのルールに守られてもいるのです。守られると人間は弱くなります。人間が弱くなると、言いたいことを言ったり、したいことができなくなります。

つまり、

ひとりひとりの医師としての創造力を失う

のです。

創造力を失うということは、個々の尊厳を失うことになるのではないでしょうか。

父の時代には、そういう意味で制限が緩かったので、創造力が発揮できたのだと思います。

私もかつて治療ガイドラインというルールの中に守られて医療を行っていましたが、その内、このルールが窮屈で堪らなくなっていきました。

そんなある日、後頭蓋窩のくも膜下出血の患者さんが搬入されたときのことです。VA-PICA※の大きな動脈瘤(約10mm大)が確認されました。再破裂率の高い動脈瘤であっても、治療ガイドラインでは2週間待機でした。

※VA-PICAー椎骨動脈後下小脳動脈分岐部動脈瘤

実は、過去に担当した同様の患者さん全員が、動脈瘤の再出血で亡くなっていたのです。

ガイドラインを守っていたら、きっとこの患者さんは死んでしまうと思いました。

この人を救うにはルールを破り、難易度の高い手術を行わなければなりません。とても悩みました。ルールを破るのは恐いし、死なれてしまうのも恐い。

悩みに悩んで、ご家族へ正直に話したところ、手術をして欲しいと言われました。

意を決して翌朝の一番に手術予定を組み、準備万端を整えて手術を行い、長時間に及ぶ手術で動脈瘤にクリップを掛けることができました。

命を預かる責任感と、命を救いたいという使命感と、術中破裂や術後に後遺症を起こす恐怖と、ルールを破ったことへの罪悪感とが激しく入り交じり、手術が成功したときには精根が尽き果てていました。

結果として患者さんは一切の後遺障害がなく、今もお元気で社会貢献活動をされています。運がよかったのだともいえますが、ガイドラインが全てではないと実感した経験でした。

治療ガイドラインで守られるということは、同時に逸脱もできないジレンマが生じるのです。

医療の問題点に気づけば気づくほどに、医療が患者さんの幸せに繋がるとは限らないと思うようになり、医療がおかしいと思うに至ったエピソードは既に書きました。

このジレンマから解放されるためには、自分の意思を封印してルールに従うか、そのルールから外れるしかありません。

しかし、ルールから外れることは現代医療との決別を意味していました。

その選択は、生きるか死ぬかのような究極の選択のように感じたのです。苦悩の末、最終的に私は医学島から外に出る道を選んだことにより、本当の自分の意思や思いを貫けるようになったのです。

今、ひとりの医師として患者さんの人生に向き合い、人生の尊厳を回復する手助けをしています。

それによって、私自身の医師としての尊厳が再び構築され続けています。

では、なぜ医師が尊厳を持てない医療が主流になってしまったのでしょうか。

第二次世界大戦で、医師不足を補う為に医学部が新設され、高度経済成長期に合わせて病院建設も増えていきました。

現代医学が進歩するにつれ、国民の健康を守るのは医師であるという権威が増していき、いつしか医療絶対主義となっていったように思います。

それと同時に、医者が儲かるシステムが構築されていきました。「医者=金持ち」という図式はこうしてできあがります。

また、科学的根拠が重要視され、その当時に確立された現代医学の概念以外は偽医学となっていきます。

各学会がガイドラインを作り、そこからはみ出して医療を営むことが難しくなりました。ひとりひとりの医師の個性や力量を生かした医療は影を潜め、その結果、赤ひげが存在できなくなったように思います。

家で亡くなることが当然であった戦前とは異なり、病院で延命治療を施されながら最期を迎えなければならなくなりました。

結果的に、患者さんの尊厳は失われてきました。

収入と権威が増せば目指す人も増えるため、医学部の偏差値はどんどんと上がっていきます。

すると、医学を志す気のない成績優秀者が医学部を薦められる事態となり、志なき医者の増加に拍車をかけていく、そんな気がしてなりません。


医者の興味=病気、患者の興味=人生。医者と皆さんでは治るの意味が違う。未来の医療には、もっと多様性と自由がある。

目次 

医学には根治という概念がない
医学島という島がある
医者は選んでいいんです
医療でなにを得るのか
がんと抗がん剤
薬剤にも根治という概念がない
誰が治すのか
毎日の生活が大切
うんちのはなし
病いと心
医師の尊厳
新たな医療のビジョン

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by ヨメレバ

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