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瞑想は身心の内なる静寂【瞑想と断食】

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磯貝昌寛の正食医学【第86回】瞑想と断食

瞑想と断食

明確な日にちは忘れてしまったのですが、一昨年9月にNHKテレビ「ためしてガッテン」で瞑想を取り上げていました。

番組の中で、確か3分間だったと思うのですが、出演者一同で瞑想の時間を設けていました。

テレビが静寂になるというのは極めて異例なことで、とても記憶に残っています。

たまたま番組を見ていた私も視聴者の一人として、出演者と一緒に瞑想をしました。

瞑想の仕方は色々あるようです。マインドフルネスとも云われ、欧米では企業ぐるみで取り組む会社もあるようですから、かなり一般化してきています。

瞑想はヨガのベースにもなっています。

ヨガを学ぶことは瞑想を学ぶことですから、瞑想を学びたい方はヨガから指南していただくこともよいでしょう。

和道の合宿でも瞑想をひとつの柱としています。

実は断食そのものが瞑想と云っても過言ではないのです。瞑想は身心の内なる静寂です。

食を断つことは胃腸をはじめとする臓器、肉体の休息です。瞑想は腰を立て、肩の力を抜いて、リラックスした姿勢で深い呼吸をします。

ゆっくりと息を吐き切り、ゆっくりと吸っていきます。

腰立した姿勢でただただ呼吸に向き合います。一呼吸ひと呼吸に意識を向けて、頭に飛び込んでくる雑念を呼吸とともに拭い去り、ただ一念息をすることに集中します。

「生きる」が「息をする」状態を感じるように、ただひた向きに呼吸に向かい合います。

「一息精進」そんな姿勢で臨むのもいいでしょう。身心一如、肉体の休息と心の静寂は切っても切れないものです。

食と呼吸は、身心を養う上での二本柱です。食と呼吸が調和のとれたものでなければ健康は確立できるものではありません。

食を調えると自然と呼吸を調えたくなり、呼吸を調えると不思議と食を調えたくなってくるのです。

食養家は呼吸と瞑想の重要性を知り、ヨギ(ヨガの行者)は食の意味を深く理解しているものです。

食事に際して「いただきます」と合掌して唱えるのもひとつの瞑想です。

合掌せずとも「いただきます」の心そのものが瞑想の心です。神棚や仏壇に向かって手を合わせることも大きな瞑想のひとつでしょう。

もっといえば、日々の掃除は瞑想の極意といえます。身の回りをきれいにしながら、その実は身の内、体と心をキレイにしているわけですから、瞑想の極みです。

伝統的な生活には、細部にわたって自然な瞑想が折々に組み込まれています。

瞑想を、ただ座って呼吸することだけに帰結してしまうとホントウに迷走してしまいます。食もそうです。

健康になるためにだけに行う食養は傲慢で、決して本当の健康になれるものではありません。

食も呼吸も身の回りの人の健康と平和に繋がるものでなければ、自分に帰ってくるものではありません。

自分たった一人の健康というものは絶対にありえないのを教えてくれているのが断食と瞑想です。

陰陽と時間感覚

年齢とともに年月が過ぎるのが早くなると云われます。時間はひと時も休むことなく進んでいきます。

地球が一秒たりとも休まずに動き続けているように、時も刻々と間を刻んで動き続けています。

子どもの頃の時間感覚と大人になってからの時間感覚が違うのは、時間の動くという陽性に対して自分の陰陽が変化するからです。

時間が進む陽性さについていけていればそれほど時が経つのを早く感じないのですが、時のスピードについていけないと、時間を速くに感じてしまうのです。

時速100㎞で走る車と同じ速度で走れば停まって見えますが、50㎞で走るとアッという間に追い抜かされていくのと同じように、時間の陽性に対する自分の陰陽が感覚に左右しているのです。

新聞やテレビから飛び込んでくるニュースは、不安や心配を煽る知らせばかりで目や耳をおおいたくなります。

日光東照宮の三猿に倣って「見ざる、言わざる、聞かざる」を実践するには恰好の時代といえますが、これは幼少期にはあまり過度な情報を子どもに与えてはいけないという、子育てへの戒めから生まれていると云われます。

この幼少期の三猿を大人になってから私たちが実践するには「食わず、奢( おご)らず、貪( むさぼ)らず」という生理的実践をともなわずして実行はむずかしいものです。

体の安定があって、はじめて心が満たされます。心の安定を求めて三猿を実践しようとしても、生理的安定をはかる術をしらなければ、決して心は満たされません。

社会では大きな問題が山積みになっています。それに加えて不幸な事件も多い。今の世はまさにケガレの時代です。ケガレとは「気枯れ」とも「気離れ」ともいいます。人間の体に例えるならば病気です。

しかし、それは決して行く末がすべて暗黒を示しているわけではありません。

私たちの体から「気=エネルギー」が枯れたり、離れたりしているわけですから、今はただ「気=エネルギー」を充足することです。

太陽と月と大地、さらには太陽系やその他の惑星から、私たちの知り及ばない「気=エネルギー」に満たされた食物を奢らず、貪らずに「つつましく」いただくことが命を充実させます。

「生命力あるものをいただく」ということです。

「見ざる、聞かざる、言わざる」は「食わず、奢らず、貪らず」と共にケガレの世の処方箋です。

私たちは年齢をいくら重ねても、時に初心に帰ることは大切です。断食は胃腸を休め、心身の若返りを促します。

子どもの頃の時間感覚を思い出させてくれるのも断食の素晴らしさです。

月刊マクロビオティック 2019年2月号より

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磯貝 昌寛(いそがい まさひろ)

1976年群馬県生まれ。

15歳で桜沢如一「永遠の少年」「宇宙の秩序」を読み、陰陽の物差しで生きることを決意。大学在学中から大森英桜の助手を務め、石田英湾に師事。

食養相談と食養講義に活躍。

マクロビオティック和道」主宰、「穀菜食の店こくさいや」代表。

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