活き活きとした江戸時代に、とっぷり浸ってください。
江戸の人びとは「子は宝」といい、その誕生は親ばかりか、地域ぐるみで喜び、祝い、子を大切に育てようとした。また、生まれてくる前からの「胎教」にも熱心だった。
江戸初期の儒学者・中江藤樹は正保四年(一六四七)、女性向けの教訓書『鑑草』を出版。
その中で“子育ては胎教からはじまる”と書いている。江戸の若い母親たちは、子どもにさまざまなことをしつけようとした。遊びや食事、排泄、睡眠など基本的なことから教育まで、厳しくしつけた。
また、江戸の育児は母親だけでなく、まわりの人びとが参加することが多かった。長屋暮らしでは、隣近所の人びとがなにくれとなく世話を焼く。
「子育ては胎教からはじまる」
胎教というのは、妊婦が精神力を高めたり、健康に気をつけたりすることによって、胎児によい影響をあたえようとすることだ。
いまでも、妊婦のなかにはいい音楽を聞いたり、美しい名画を見るという人は少なくない。
江戸時代、すでに「子育ては胎教からはじまる」と説いたは多い。江戸初期の儒学者中江藤樹は正保四年(一六四七)、女性向けの教訓書『鑑草』を出版。
そのなかで、王季の后大任の例を引き、胎教の重要性を述べた。
大任は誠実な人だし、慈悲深く、とくに懐妊のときには、ますます徳を慎み、胎教につとめた。その結果、子の文王は聖徳明らかで、道をひろめ、天下万民を救った。
ゆえに周王朝は八百年も繁栄がつづいたという。
藤樹は「胎教というのは、子が胎内にあるうちの教えであり、その教えは母の心持ちと行ないにある」と述べたが、それというのも「胎児は感化されやすいからだ」と理由をあげている。
したがって、胎教には慈悲と正直を根本とし、かりそめにも邪念を起これ氏はならない。
食物も慎み、居ずまいや行ないは正しくして、目にいやな色を見ず、耳に邪なる声を聞かない。
さらには、いにしえの賢人や君子の行ないとか、父母に孝行を尽くし、忠と信を貫くなどの故事を記した書物を読むよう心がけること。
藤樹はそう指摘したあと、つぎのように勧めている。
「生まれてくる子の容姿がよく、知恵や徳芸にすぐれるようにと願うのは、母の心の常だが、胎教によってそうなることを知らないために、胎教に力を入れない。しかし、胎教は子に教える根本だから、よく戒め、励ますべきである」
鰹節をしゃぶらせる
江戸時代、幼児の死亡率が高く、 一説によると、全死亡者の70~75パーセントを占めていたという。
そうした一方、せっかく子を産んだのに、母親が病死するという例も少なくなかった。
そうなると、どこかへ里子に出さなければならない。残った父親が育てるといっても、いまのように粉ミルクがないからたいへんだった。
急いでなんとかしなければならないのは、赤ん坊が飲む乳を確保することである。
他人の乳をもらって子に飲ませるのを「もらい乳」というが、江戸では珍しいことではなかった。
江戸川柳にも、そうした情景を詠んだ句がある。
「乳貰ひの袖につっぱる鰹節」
鰹節は削って調味料にするものだが、乳をほしがる赤ん坊に、乳の代わりにしゃぶらせたものらしい。
男はその鰹節を袖に入れ、「もらい乳」のできそうな女性を探しているのだ。
江戸時代、一般的に母乳をあたえる期間は長かった。いまなら店にいくと、多様な離乳食がずらりと並んでいるが、当時は自分でつくらなければならない。
たとえば、生後六か月くらいなら「粥の上澄み」、十か月をすぎると「粥をよく煮てやわらかくしたもの」を食べさせるとよい、と考えられていた。
溺愛してはいけない理由
貝原益軒は『和俗童子訓』のなかで、「およそ小児を育てるのに、はじめからかわいがり
すぎてはいけない」と注意している。
益軒はなぜ、そのように戒めたのだろうか。
益軒は「かわいがりすぎると、かえって子どもをだめにしてしまう」といい、具体的な理
由をあげている。
「厚い衣類を着せ、乳や食事をあたえすぎると、きまって病気が多くなるものだ。薄着をさせ、食事を少なくすれば病気になることは少ない。
富貴の家の子は病気が多く、体が弱い。しかし、貧賎の家の子は病気が少なく、体が強い。そうしたことからもわかるだろう」
いまでも過保護が子どもに悪影響をおよぼすと、問題になることが少なくない。
江戸にもそうした過保護な親、かいたらしく、益軒は本当に子どものことを考えるのなら、親はあまり情に流されるな、といっているのだ。
さらに益軒も牛山と同じように、生まれたばかりの子どもには父母の古い着物を縫い直して着せること。
着物、が新しく、暖かいのは、熱を生じて病気になりやすい、と注意をうながしている。古の人は「小児を丈夫に育てるには、三分の飢えと寒さをあたえるべきだ」といった。
益軒はそれに賛同し、これは「少しは空腹にさせ、少しは冷やすのがよい」という意味だという。
江戸の躾と子育て (祥伝社新書) |
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