希望のイチゴ 田中 裕司 (著)

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希望のイチゴ

「日本のイチゴは農薬・肥料たっぷり」の現状を変えたい。

実は、日本は世界第3位の“農薬大国”。有機栽培は徐々に広まっているが、その「肥料過多」が多くの問題を引き起こしている。

農産物に多量の農薬と肥料が使われるのが常識となっている中、イチゴの無農薬・無肥料栽培(自然栽培)は“最も難しい”と言われてきた。

美味しくて安全なイチゴを安定供給するという“難題”に挑む自然栽培農家・野中慎吾の、試行錯誤の日々を描く。

リンゴより多い農薬使用回数

ご存じだろうか? 子どもたちに人気があって、クリスマスに欠かせないイチゴが、実は「最も無農薬栽培が難しい作物」と言われていることを。

野中は、その不可能を可能にしようと日々挑戦し続けている。

「いちご王国」栃木県の平均農薬使用回数が52回、生産量第2位の福岡県で63回、長崎県で65回。

南の地域ほど農薬の使用回数が多くなる傾向がある。

気温が高いと病害虫の活動が活発になるからだ。

リンゴ農家・木村秋則氏のベストセラー『奇跡のリンゴ』(幻冬舎) で無農薬栽培の難しさが広く知られたリンゴだが、イチゴの農薬使用回数はそれを上回る。

例えば「リンゴ王国」の青森県では、リンゴの農薬使用回数は平均36回だが、イチゴは40回だ。

つまり、65回の長崎県のイチゴは、青森県のリンゴの倍近くの農薬使用回数ということになる。

なぜイチゴは、これほどまでに農薬の使用頻度が高いのか?それには栽培景境と栽培時期が大きく関係する。

イチゴはもともと屋根もハウスもない露地で栽培され、かつての旬は4ー6月だった。

だが、ビニールハウス栽培の普及と品種改良が「旬」を冬にずらすことを可能にした。

イチゴの生産者は、ショートケーキなど洋菓子需要のピークである。

クリスマス特需に照準を合わせ、競ってこの時期に出荷するようになった。

旬をずらしたおかげで苗づくりから収穫までの期間が、これまでの約7か月から1年を超えるようになったのだ。

栽培期間が長くなれば、それだけ農薬の使用回数は増えることになる。

果肉がびっしり詰まった完熟イチゴ

数ある農作物の中で、「最も難しい」と言われるイチゴの無肥料・無農薬栽培(自然栽培)。

しかも苗からの栽培は「無謀」とさえ言われてきた。

この難題に挑む農家がいる。野中慎吾(35歳)だ。国際NGOで有機農業を学んだ野中は、自然栽培によるコメづくり・野菜つくりのかたわら、試行錯誤しながらイチコの自然栽培を続けている。

トヨタ自動車の城下野中のイチゴハウスは、町・愛知県豊田市の郊外にある。

一帯はのどかな田園だ。小鳥がさえずるはるか遠方を見渡すと、トヨタ紡織の巨大な工場が目に入る。

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2月。ハウス内をのぞくと、真っ赤に熟した大粒のイチコが目に飛び込んできた。ミツバチたちが羽音を立てながら可憐な白い花から花へと飛び回っている。

「うちの完熟イチゴは、どうですか?」

つみたての、艶のあるイチゴを1粒ごちそうになった。

赤い実を一口かじると、えぐ味のないすっきりとした甘みが口の中に広がる。

「普通のイチゴは暖かくなると傷みやすいんです。でも、うちのイチゴは強い。赤く色ついても全然傷んでこないんです。生命力が強く元気なんですね」

自慢のイチゴは、果肉がびっしりと詰まっていた。

「子どもたちに人気があって、一度食べた子どもがお母さんにねだって買ってくれることもあるようです」

野中はうれしそうに笑う。

自然栽培のイチゴは、アトピーなど化学物質過敏症の子どもを持つ親や、妊娠中の母親たちにも「安全・安心で、しかもおいしい」と大人気だ。

高級フルーツ店の棚に並んでいてもまった<遜色のないこの極上イチゴは、病害虫と格闘しながら8年、試行錯誤を重ねてやっとたどり着いた作品だ。

現在は豊田市内の「スーパーやまのぶ」で1パック600円台で売られている。

野中のつくるイチゴのすごさは「無肥料・無農薬で味が良い」というだけではない。それを「希少な高級品」としてではなく、買いやすい値段で「安定供給」できているところにある。

しかし、ここに至るまでの道のりはまった<平坦ではなかった。

無謀と言われた「イチゴの自然栽培へ野中を向かわせたものは何だったのか。

そして、この奇跡とも言える夢のイチゴは、どのようにつくられてきたのだろうかーー。

希望のイチゴ
田中 裕司 扶桑社 2016-02-06
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