無病法 ルイジ・コルナロ (著)

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無病法

西欧では、歴史的に最も有名な長寿者であるにもかかわらず、日本ではほとんど知られていない人物。

それが本書の著者ルイジ・コルナロである。コルナロはいわば「食べない健康法」の元祖。

「わたしはこれまで、老年というものがこれほど素晴らしいものとは知らなかった」

——ルイジ・コルナロ(1464~1566年・享年102歳)

重い生活習慣病を最小限の食事で治したコルナロの体験

華やかなヴェネツィア共和国の歴史において四人の国家元首を輩出し、さらにはキプロスの女王まで出すほどの名門であったうえに、かれ自身の活発な性格も手伝って、若いころのコルナロは、貴族仲間と暴飲暴食にあけくれる毎日をおくつていた。

そのため、すでに30代でさまざまな成人病をわずらい、40代には生死の淵をさまようまでになっていた。

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そのコルナロにやがて運命の転機がおとずれる。

長年かれを看ていた医師団から、ある日次のようなことを宣告されたのだ。

それは、普通われわれがいうところの少食なるものを、量的にさらに最小限にまで減らした食事「極少食」——に徹する以外、もはや助かる見込みはない、というものであった。

それほどではないにしても、食を節する必要があることは、以前にもなんども言われていたことであって、コルナロ自身にも分かっていた。

おそらく自分の病気は薬や医術で治してほしい、日々の楽しみがなくなるようなことは言わないでほしい、という思いだったのだろう。

そうした気持ちは、じつによく分かる。食の楽しみは、だれにとっても侵されたくない個人の聖域である。

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たとえそうでなくても、なにより、甘やかされている食欲という本能が猛烈に反発する。求めてもいない忠告ともなれば、なおさらのこと。大半の人が激しく反論する。

だが、コルナロの容態は、もはやそうした自然な願いや欲求をいくらかでも考慮してやれる状況ではなかった。

そこで、かれは、助かりたい一心から、言われたとおりの量に抑えることにした。

すると、数日もしないうちに回復の兆しがみえた。そしてしばらくすると、病が本当に癒えてしまった。

そればかりか、一年後にはさらに完全な健康体となったうえに、性格的にもそれまでの怒りっぽさが消えて、まったく別人のようになったのだ。

倹しい食生活ゆえに物心両面で豊かな人生を謳歌

以来コルナロは、公私にわたって充実した人生をおくる。

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社会的には、干拓事業をてがけてヴェネツィア共和国の農業の増産につくしたり、その他の公的事業にたいしては財政面でこれを支援したり、また、建築や水利に関する論文を発表したりと、さまざまなかたちで国家の繁栄に寄与した。

公職としては、当時ヴェネツィアの支配下にあった近隣都市パドヴァの行政長官をつとめている。

一方、私生活においては、とくに建築学の知識をいかして、その趣味を大いに満足させた。

コルナロは、ヴェネツィア市内の本邸のほか、右のパドヴァに広大な所領を有していたが、かれはそこでよく狩りを楽しむかたわら、当代一流の建築家のパトロンとなって、

いくつも豪華な邸宅を建てさせたり、またあるときには、その領内をながれる川(ブレンタ河の支流)を景観にとり入れて、自分で設計した庭園を造らせたりもしている。

それらの建築物の一部は、パドヴァ市にいまも残っていて、インターネットなどでも観ることができる。

80歳をこえても、乗馬や山登りをし、天気がよくないときには、いろんな科学を学んだり、戯曲を書いたり、また先のような論文のほか、

本書のテーマである食と健康に関する小論を書いたりと、知的活動へ多く時間を割き、それ以外の時間には、国内外の文化人との交際を楽しんだ。

家庭的にもめぐまれ、良き夫人と愛娘とをさずかり、晩年には多数の孫にもかこまれていた。

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知名度では、たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519年)やミケランジェロ(1475~1564年)など、美術史の関係で今日では知らない者はいない同時代の人物が、当時は貴族の使用人としてむしろ影の存在であったのにたいし、

ルイジ・コルナロは貴族としての世襲的な名声にくわえ、共和国にたいするかれ自身の貢献や邸宅その他の建造物の見事さなどによってもじかに市民の耳目をあつめていたうえ、

とくにこの食の問題に関する書き物が国内外で大きな反響をよんでからは、全ヨーロッパでももっとも有名なイタリア人の一人となっていた。

「極少食」による力強い晩年と理想的な臨終

こうしてわれらがルイジ・コルナロは、病気とは無縁のうちに、公私にわたって人生を謳歌しつつ年齢をかさねて100歳を越え、そしてそれから数年後、ある日ようやく最期と悟ったとき、日ごろ口にしていたとおり、いつもの午睡と変わらないようすで、おだやかに息を引きとった(享年102歳)。

しかも、最晩年まで目も歯も耳も完全で、足腰も若いときの力強さと変わらず、声の張りにいたっては、むしろ年齢とともに高まり、食後でさえつい歌い出したくなるほどであったという。

気分もつねに快活。さらには、見る夢までもが、どれも快よいものばかり。

「わたしはこれまで、老年というものが、これほど素晴らしいものとは知らなかった」、という冒頭の言葉どおり、コルナロの晩年はまさに妙なる日々そのものであった。

われわれがこれから読もうとしているのは、まさにこのような人物が生前に小冊子や書簡のかたちで人々に説いていた、以上のような素晴らしい健康・長寿のための秘訣にほかならない。

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