無知からのヒカリ―目隠しをはずしてくれた我が子たち 生部 美香 (著)

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無知からのヒカリ―目隠しをはずしてくれた我が子たち

無知が原因で、我が子を死なせてしまった、著者の「自責本」です。 無知は罪であるという気付きから、次の三つに想いを込めて記しました。

(1)懸命に生きぬいた息子の存在を証明する事。 (2)バカ親で毒親である自責の念を記す事。 (3)そこからの変化・気付き・実践を記す事。 ただ前向きに考え、前を向いて進む事が全てではない。過去を悔やみ、自分を責め反省するからこそ、真に前進するチカラが湧いてくるのだと感じています。

はじめに

例えば、取り返しのつかない状況が起こった時、このように後悔したことはありませんか。

「こういう事なら先に知っておくべきだった……」と。

でも、事前に知ろうとする勇気や努力は充分だったのでしょうか。

私はそれが充分ではなかった……。

まさか我が子がガンとなり先立つなんて……。

二〇一一年八月、愛児タケルは小児ガンと診断されました。病名は、脳腫瘍。小さな頭に、大人の拳大のガンが見つかりました。

それから、一年二か月の闘病の末、二〇―二年十月十二日、タケルは四歳で天国へと旅立っていきました。

当時、病気の原因は不明だと告げられていました。それを私は鵜のみにしていたのです。

しかし、亡くなって一年が過ぎた頃、それが原因不明ではないことを知りました。そして、とことん調べることを続けていくうちに、決定的な原因に辿りつきました。

病の原因は、私自身であり、死の原因は、親である私の「無知」だということが分かったのです。

「無知は罪」

それと同時に、「知らない」ということは、恐ろしく罪深いものだということもわかりました。知らないうちに、取り返しのつかない罪を犯したのです。

私は、最低最悪の毒親です。その事実はこの先も永遠に変わることはありません。

もちろん、息子を愛していましたし、明るい未来のために、愛情いっぱい育てたつもりでした。

でも、それは浅はかな知識で注ぎ続けていた、「勘違いの愛」だったのです。息子を病気にし、亡くして、その「愛」に間違いがあったことにやっと気付いたように思います。

きっと息子は、自分の命を懸けて私に教えてくれていたのでしょう。

息子は、姿が見えなくなってからも色々なことを私に教え続けてくれています。

不思議とそう感じるのです。

私は、息子のおかげで世界が一変しました。過去と現在、目に映っているものは何も変わらないのに、明らかに違う世界が広がって見えています。

私は、誰かに目隠しをされ、真実を見えないように仕向けられていたのでしょうか。いいえ、決してそうではないのです。

誰かから目隠しをされていたわけではなく、自分自身で選び、ずっと外そうとせず生きていただけでした。見かねた息子が、私の目隠しを外してくれたのです。

自分の命と引き換えに……。

そして、息子のおかげで輝くヒカリを見つけることが出来ました。

「無知からのヒカリ」

私にとってそれは、輝きを放ち続ける健やかに生きぬくための希望のヒカリなのです。

私はこの本を、「自責本」と位置付け、三つの想いを込めました。

―つ目は、この世を去った息子の存在を証明すること。

四歳半の生涯のうち人生の三分の一が闘病生活。懸命に生きぬき、私たちに、健やかに生きるために大切なことを、命を懸けて伝えてくれた息子。

親バカかもしれませんが、息子は、優しくて、強くて、本当にかっこイイんです。

そんな息子がこの世に存在し、生きていたという事を多くの方に伝え、生きた証を遺したいと強く想いました。

二つ目は、バカ親で毒親である私の自責の念を記すこと。

自分が良かれと思ってやってきたことが間違いであり、真実から目を逸らし続け、知らないうちに様々なことを犠牲にしてしまった。

その犠牲によって辛い思いをし、命まで落とさなければならなかった息子。タイムマシンがあるとするなら、過去の私をブン殴りに、今でも行きたいくらいです。

「知らなかったのだから仕方ない」「世の中が悪いのだ」と責任転嫁し、周りを批判すれば楽かもしれません。

でも、それは逃げでしかないのです。

逃げは、また同じことを繰り返します。何も犠牲にすることなく気付いて、行動を興している人はたくさんいるのですから。

息子の命を守るための情報は常に身近にあったのです。

私は知ろうとしなかったし、選択しなかっただけでした。

無知であることの恐ろしさや、悔やんでも悔やみきれない、一生許されることのない自分の過ちを、さらけ出し認めなければ、本当の意味で新たな道に進むことは出来ないし、自分が変わることも出来ないと思いました。

さらけ出すことで許されることではありませんが、無知だった自分を恥じると共に、過ちを繰り返さないためにも記さなければならないのです。

三つ目は、私たち家族の変化や心がけていること、この経験を得てからの気付きを記すこと。

真実から目を逸らさず、根本と向き合い行動を興すことを少しでも身近に感じてもらえればと思いました。

もしかしたら、色んな方を傷つけることになるかもしれない。

そんなこと知らなくてもよかったのにと思われるかもしれないと考え、不安にもなりました。

確かに、同じ環境で暮らし、同じものを食べていても、タケル以外の家族は大きな病気になることもなく現在も元気に暮らしています。

私たち家族を例に挙げてみても、大きな病気になる確率はわずかなのかもしれませんし、知ることや気を付けることへの重要性も感じにくいかもしれません。

ならば、ガンになったタケルは運が悪く、他の皆は運が良かったのでしょうか。

果たしてそれは、確率論で納得し、仕方のないことだと諦めが付くことなのでしょうか。

もしかしたら、自分自身で物事を選択して生きている大人は、自己責任として納得ができ、受け容れることができるかもしれません。

でも、子どもは違います。子どもの命は親や周りの大人たちが握っていると、私は考えています。

大人の意識や行動の違いで、子どもの命が犠牲になるのか。

それとも守られるのか。二つに一つ、明暗が分かれるということが実際に起きてしまうのです。

そしてそれは、決して諦めが付くような現実ではありません。タケルは、弟のツバサと共に双子として生を受けました。

同じ母体から生まれ、同じ環境で経らし、同じ物を食べて育ちました。

タケルは病気になり亡くなり、ツバサは変わりなく現在も元気に過ごしています。

もっと早い段階で「無知」という原因や本来の親としてのあり方・買任の重さに気付いていたら、ふたりは手を取り合い、共に生きる未来があったのかもしれません。

私のように、大切な命を犠牲にしてから気付くのでは遅い。これから先、私の後悔は永遠に消えることはありません。

このような私が、経験し感じた真実を書き記すことで、大人の犠牲になる子どもをなくせるのではないか、私や息子と同じ道を歩まないためのキッカケとなってもらえるのではないかと深く希望を持ちました。

そのためにも、我が子の病、死、気付きを「自責の書」として遺すことが、今の私に出来る最善のことだと考えました。

不安よりもその気持ちが強かったからこそ、筆を進めることができました。

一人でも多くの方が、誰も犠牲にすることなく真の意味で幸せを掴んでほしい。

この願いは止むことはありません。

ここに、タケルが人生を賭けて教えてくれた「真実」を遺します。

世の中のすべての子どもたちの、ヒカリ輝く未来と笑顔を願いながら。

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