毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで 齋藤 勝裕 (著)

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毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで (サイエンス・アイ新書)

毒とは人を殺すものです。薬とは病気やケガを治して人を生かすものです。「殺すもの」と「生かすもの」。これくらい違うものはないでしょう。

でも昔から「毒と薬はさじかげん」といいます。量によって毒になったり、薬になったりするという意味です。

正解は「毒と薬はほとんど同じもの」ということです。ほとんどというのは、毒にしかならないものもあるからです。

しかし、多くの毒は薬になりますし、多くの薬は毒になります。

ギリシアの格言に「量が毒をなす」という言葉があります。大量に食べればなんだって毒になる、という意味です。

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2007年、アメリカで水飲みコンクールがあり、準優勝した女性が家に帰ってから亡くなりました。

医師の診断では「水中毒」だったそうです。飲まなければ死んでしまうほど体に大切な水も、量を超えれば命を奪う毒になるというよい例です。

どんな薬でも服用量が決められています。

その量を超えたら副作用がでて、場合によっては命にかかわるということです。毒草のトリカブトに含まれるアコニチンという物質は猛毒として知られていますが、漢方薬では強心剤として用います。

ニトログリセリンは狭心症の特効薬として知られていますが、ダイナマイトの原料です。たくさん飲んだら爆発してしまうのではないでしょうか?

表は、毒の程度と経口致死量を表したものです。これからわかるように、毒とは「少量で人の命を奪う」ものなのです。

それに対して、薬は「少量で人の命を助けるもの」ということになるしょう。大量で人の命を助け、延ばすものではただの食物になってしまいます。

最近は、少なくとも研究者は毒=薬と思っています。天然物に含まれる毒は、大量に摂るから毒になるのであり、少量だけ摂れば薬になる可能性が高いのです。

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イモガイという貝は、種類全体で300種類くらいの毒物をもつ「毒の宝庫」といわれる貝ですが、研究者は「薬の宝庫」と考えています。

白粉の毒

現在の白粉には鉛や水銀は用いられていませんが、明治期までの白粉は酸化鉛Pb02や塩化水銀Hg2Cbの粉末でした。

当然毒性です。当時の女性は命をはって化粧をしていたのです。当然、多くの人が被害を受けたことでしょう。

被害を受けたのは将軍も同じです。大奥は時代が下るにつれて華美になり、女性は白粉を顔に塗るだけでなく胸や背中にまで塗ったといいます。

これは将軍の乳母も同じです。つまり、将軍は鉛入りのオッパイを飲んで成長したのです。幼くして鉛中毒になっていた可能性は十分です。

13代将軍徳川家定は病弱でしたが、脳性麻痺を疑わせる症状があったという説もあり、鉛中毒だった可能性があります。

また、将軍家ではだんだん男児の出生が少なくなり、御三家から将軍を迎えるようになりましたが、これも鉛中毒のせいでは、という説もあります。

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特にひどかったのが花街で働く花魁、遊女だったといいます。

彼女らも白粉を顔だけでなく、胸にまで塗ります。その胸からオッパイを飲んだ赤ちゃんのなかには命を落とした子もいたかもしれません。

歌舞伎役者も被害者でした。さすが明治になると鉛の害が問題になり、無鉛の白粉もでましたが、延びが悪いといって相変わらず鉛入りに人気があったといいます。

そのようなときに天皇を迎えた天覧の歌舞伎の舞台で、役者の中村福助に鉛中毒による痙攣が現れ、大きな問題となりました。

これを契機として明治33年に鉛入りの白粉が使用禁止になりました。

しかし、製造禁止になったのははるかに下って昭和9年のことでした。

白粉を化粧以外に使ったのはヨーロッパ人です。彼らはワインの酸っぱみを消すのに白粉、酸化鉛の粉を加えていました。先に見たローマ人と同じ考えです。

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特にこれが好きだったのがベートーベンといいます。彼の髪からは通常人の100倍の濃度の鉛が検出されています。

ベートーベンの難聴は鉛中毒のせいだとする説がありますが、可能性は高いようです。


自然界には恐るべき毒をもった生物が数多く存在する。しかし生物たちは好んで毒をもつようになったわけではない。生き残るための手段として毒をもっているだけなのだ。

それに対して人間は、同じ人間の大切な命をも奪う化学物質と呼ばれる毒を数多く生みだした。

本書は生物たちの毒から、人間自身が生みだした恐るべき化学物質の数々を紹介していく。

毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで (サイエンス・アイ新書)
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