今よみがえる日本古来の「伝承野菜」【 いのちをいただくことは、記憶を受け継ぐこと】

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私たちが親や先祖からいのちを授かって生まれてきたように、植物も動物も、いのちを受け継いで生まれています。

今回ご紹介する、山形県のハーブ研究所SPURの山澤清さんは、その大切さにいち早く気づき、全国に伝わる古来の野菜「伝承野菜」の復興に35年も前から力を注いできました。

伝承野菜に宿るいのちのつながりについて、山澤さんのお話を紹介します。

山澤清さん

やまざわきよし ベジタイムレストラン土遊農代表取締役、農業組合法人大日本伝承野菜研究所専務理事、ハーブ研究所SPUR代表、(財)日本特産農産物協会認定地域特産マイスター。

ハーブや伝承野菜を広大な農場で栽培。また無農薬植物原料の化粧品や、オーガニック食品の製造、販売なども手掛ける。

取材・文◎水原敦子 写真◎菅井悟雄

日本在来の「伝承野菜」を35年かけて復活

八丈オクラ、八町キュウリ、外内島キュウリ、半日キュウリ、加茂ナス、長崎長ナス、泉州絹皮ナス、埼玉青大丸ナス、神楽南蛮、万願寺とうがらし、十六ささげ、成平インゲン、今村インゲン、桃色トマト、ステラミニトマト、天神赤紫蘇、はぐら瓜。

〝これほど個性豊かな野菜が日本中にあったんだ……〟。

山形県鶴岡市の田園地帯に「ほぼ野菜レストラン」と看板を掲げたお店。

メニューには、この伝承野菜のリストが綴られていました。

「うちで出しているものはみんな伝承野菜。こんな古い野菜、普通は田舎にもないの。俺は35年以上も伝承野菜を作るっていう、役に立たない、金にもならないことをやってるのよ。愛人もいないしね、暇なんだ(笑)」

そんな冗談を飛ばす、麦わら帽子の快活なおじさま。この人こそ、このレストランのオーナーであり、伝承野菜研究所の専務理事、山澤清さんです。

山澤さんは、完全無農薬、地域循環型有機農業で、ハーブと伝承野菜を35年以上作り続けてきたレジェンドなのです。

「伝承野菜」とは耳慣れない言葉ですが、有名なところでは聖護院大根や九条ネギといった京野菜、練馬大根や小松菜といった江戸野菜が、ブランド化された伝承野菜と言えます。

こうして受け継がれてきた伝承野菜は幸運であり、戦後農業の効率化の波によって、作られなくなってしまった在来の野菜が日本にはたくさんあるのです。

山澤さんは、絶滅したとされる在来の野菜の種を探し、35年かけて約580種類を復活させてきました。

ここ山形県鶴岡市は、日本で唯一、食文化創造都市として2014年にユネスコから認められた自治体。

それゆえ、市民も「だだ茶豆」などの伝承野菜を日常的に大切にしています。

けれども、山澤さんが日本各地の伝承野菜を再現し始めた35年前は、全く理解されないどころか批判すらありました。

「伝承野菜は湧くほどあると感じる人もいるかもしれないけど、そんなことはあり得ないんだ。俺は身をもって35年間やってきたからね。家庭菜園なら1〜2種類で済むけど、実際、生業として成り立たせるのは難しいんだよ」

品種改良なしの野菜には世界のルーツが宿る

「日本には野菜の在来種がまだ2000種類くらいある。けれども、もともと日本には野菜がなかったの。

すべて数千年かけて世界中から集まってきたものなんだ。日本は品種改良をしなかったから、それがほとんどそのまま残ったんだよ」と山澤さんは話します。

「料理も農業も、理を知らねばならないよ」と山澤さん。

「ほとんどの人が上っ面の知識だけでやってる。でも、野菜のルーツを知ることはすごく必要なの。だから俺は、野菜のずーっと過去の過去を見てる。

たとえばほとんどの十字花野菜(アブラナ科の野菜。キャベツやブロッコリー、大根、かぶ、からし、白菜など)は大陸気候で進化したの。

大陸気候は雨季と乾季が1年で、だいたい2回ずつ繰り返される。

雨季で発芽して、〝わいわい〟って花が咲くの。次の乾季で種ができて、一年草は終わり。そうやって植物は種をつないでいく。

本当は一年に一回しか花が咲かないんだけど、人間は頭がいいから、雨季の3カ月で発芽させて収穫することを覚えたわけ。

それから、庄内には焼畑で作る宝谷カブってのがあるんだけど、いつ来た野菜かわかんねえのよ。

そしてすごくいい野菜なのに今は伝承者がいない。だから俺が種を採ってる。

宝谷カブと同じものが岩手にもあって、暮くれつぼ坪カブって呼ばれてる。おそらく一種類の種が全国に運ばれていって、条件のいい土地にだけ残ったんだろうな」

山澤さんの畑には、全国各地の伝承野菜が栽培されています。

「俺は腕がいいから(笑)、どこの野菜でも条件を再現して作れるの」と話します。

実際、復活させた伝承野菜のなかには、地元の山形とは生育環境が全く違う品種もあるため、ハウス栽培をしているものもあります。

「うちには笑っちゃうものがいっぱいあるよ。屋久島の里芋の〝かわひこ〟とかね。野菜は土壌が大事だっていうけど、一番の問題は、気温と風と光量。野菜はこの3つで変わる。

俺は地図を見ると、どんな地形か、そこにどういう野菜があって、風があるかどうかも分かる。

そういうのが分かっているから、九州を再現するのは楽勝よ(笑)。

里芋は風がダメなの。山形は盆地だから、里芋ができるんだ。

里芋は、ジャングルで育って、南からガーッと上がってきたタロイモから来てる。それが日本で作られながら北上して、最後が岩手県の二子芋になった。

夜の気温がマイナスになると、種芋は残らないわけ。だから里芋の北限は岩手と秋田なの」

東北南部で芋煮会が盛んなのも、かつてはこの地のご馳走だったからかもしれません。

野菜のルーツを知るほどに、伝承野菜たちが時間と空間をサバイバルしてここに在るということが奇跡なのではないかと感じられました。

本来の野菜を残す。それが未来に続く道となる

優秀な種だけを残し、品種を固定していく伝承野菜。条件の再現に腕のある山澤さんとはいえ、やはり絶滅した野菜の復活には、時間も手間もかかります。

一番の難しさは種の選別です。

山澤さんの代表作、「『跡』の本和がらし」は、鮮やかなグリーンが特徴です。

庄内の「跡」地区のおばあちゃんがお嫁入りした時の種を分けてもらい、復活させました。しかし、絶滅から商品化までの道のりは険しく……。

「発芽した時、葉っぱが切れ目の深いもの、茎が紫色のものを選んで植え直しなさい、と教わったんだけど、俺が植えたらそんなのは1000本植えて一本も出なかった。

翌年は何万本も植えて、ようやく20本。それを植え直して、まず種を取った。

カラシは普通、1本で2万4000個くらい種が取れるんだけど、その時は種を選別すると10個くらいしか残らなかった。

でもそれを蒔くと、1割くらいちゃんとした本和がらしが出てきたから、またタネを取って、植えて…。

翌年2割、次に3割、4割、5割、そして8割。そこまで来るのに8〜9年かかったかな。商品化までには17年もかかった」

すぐに諦めてしまうヤツラとは覚悟が違うんだよ、と言う山澤さんに質問したかったのは、「なぜそこまでして伝承野菜を?」ということ。

「ひとえに種をつなぐため。本来の野菜のあるべき姿をつなぐことが、未来へと続く道になると信じているから。その信念だけで35年間やってきたの。情熱を持ってことにあたる限り、何の苦労も感じないよ」

今、市場で売られている野菜は、本来の野菜の姿ではない。

山澤さんがいちばん言いたいのはそこでした。

「雌しべに野生の雄しべを交配させれば、病気をしない丈夫な種ができる。でも、次の世代は不稔になっていく。不稔は雄しべが悪くなっていくんだ。

野菜は新鮮で美味しければいいというわけではない。いくらアロマやいろんな健康法をやっても、そんなリスクの高い野菜を食っていては意味がないのよ」

※ 品種改良用に作られた一代限りの種のこと。

山澤さんは「野菜の本質とは何かを知らねばならない」と言います。

「野菜とは、山菜とは違う、人間が介在して、人間とともに進化してきた野の菜。野菜は、自分の種を次につないでいくために生きている。

人間は、種ができる前に野菜を食べてしまうけれど、また、成熟させて種を取って、それを植えている。

だからそれは許される範囲のこと。植物にしてみれば、自分の代わりに人間がやってくれるんだから、楽勝だもの、リスクもない。それよりも、本来の植物のあり方を変えちゃうことが、リスクなんだ」

自家採種して自宅で栽培幸せな記憶と生命力と喜びを

山澤さんを35年間、駆り立ててきた伝承野菜づくり。

そこには正義感だけではない、大きな魅力があります。

「日本各地にある、まだ見ぬ在来野菜、伝統野菜、伝承野菜を見つけて、種を分けてもらい、種を蒔き、育て、実を成らせ、種採りをすること。それは全てが難しい。

でも、種まきしたものが実って種採りができた時、その野菜を好きになる。それは、未来への種が増える喜びだね」

鶴岡市の農家の中には、自分たちが食べる分だけの伝承野菜を細々と作っているところも。

話を伺うと、「その野菜がおいしいから、来年も食べたくて作り続けてきただけ」と言います。

日本各地にそれぞれの伝承野菜があります。

私たちも、家庭菜園で伝承野菜を作ることができます。種を手に入れなければいけませんが、自家採種して作り続ける楽しさがあります。

伝承野菜は味わいにも個性があり、生命力があります。

食卓にのぼれば、家族の幸せな記憶につながるでしょう。最後に、山澤さんはこう話してくれました。

「まずは『伝承野菜を育てるんだ!』という自覚をもって作ってほしい。そしてよく観察し愛情を持って育てることです。

自ずと喜びが芽生えるから。土に触れることは素晴らしいこと。人は最後に土に還ります。土は人をあるべき姿に立ち戻らせる。人にとって大切な、そしていちばん近くにある自然なんだよ」

伝承野菜づくりとは、究極の癒しである。

70歳でなお活力溢れる山澤さんを前にして、そう確信したのでした。

取材協力◎ハーブ研究所SPUR http://herbkenkyujo-spur.jp  

Salon de ROSA https://www.salon-de-rosa.com

セラピスト 2017年12月号より

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