土と内臓 (微生物がつくる世界)

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土と内臓 (微生物がつくる世界)

農地と私たちの内臓にすむ微生物への、医学、農学による無差別攻撃の正当性を疑い、地質学者と生物学者が微生物研究と人間の歴史を振り返る。

微生物理解によって、たべもの、医療、私達自身の体への見方が変わる本。


地球が太陽のまわりを回っていることを発見したときと同じくらい輝かしい科学革命の時代を、私たちは生きている。

けれども現在進行中の革命は、巨大な天体ではなく、小さすぎて肉眼では見えない生物が中心だ。

相次ぐ新たな発見によって、地下の、私たちの体内の、そして文字通り地球上至るところの生命について、急速に明らかになっている。

科学者たちが見つけているのは、私たちの知る世界が、これまでほとんど見過ごされてきた世界の上に築かれているということだ。

歴史を通じて、ナチュラリストは自然の秘密を解き明かすために、生身の目と耳と手に頼っていた。

だが自然の隠れた半分に関しては、私たちの感覚が足かせとなって、極微の世界は秘密のベールに包まれていた。

最近になってようやく、新しい遺伝子配列解析技術と、より高倍率の顕微鏡が、この世界への窓を開いた。

現在科学者たちは、土壌の生産力から免疫系まで私たちが頼っているさまざまなものを、複雑な微生物の群集が動かしていることを認識しつつあるところだ。

微生物の生態の根本的重要性に対する私たちの興味は、まったく思いがけないところから起きたーーー

家にいながらにしての旅から。

妻のアンも私も、自然を観察し見きわめるための訓練を受けていた。

私は、地球の地形を遠大な年月のうちに形作った地質学的作用の研究を通じて、アンは公衆衛生分野で生物学者と環境プランナーとして働くうちに。

だから家を買い、新居の裏庭を掘り起こして土壌改良の必要があることを知ったとき、私たちの専門知識がフル回転を始めた。

まず考えたのが、この最悪の土で庭づくりができるようにするためにはどうすればいいかだ。

最初にアンが動き、直感に従って死んだ土に有機物を与えた。たっぷりと。

大量のコーヒーかす、木くず、自家製の堆肥茶が次々と地中に姿を消した。

するとどうだ、たちまち新しい庭に植物が茂り、すさまじい勢いで成長しだした。

アンが土に入れた、つまらない出しがらのような有機物が、どのようにしてこんなにも早く生命を花開かせることができたのか、私にはわからなかった。

この単純な謎こそが、私たち二人を探究の任務へと後押ししたのだ。

ほどなくしてわかったのは、微小な土壌生物が有機物をかみ砕いて、新しく成長する植物のためのさまざまな栄養へと変えていたということだ。

小さな、目に見えない、ほとんど未知の生物が動かすもう―つの世界があるという考えに、私たちは引き込まれた。

しかもその否定しようのない効果は、われわれの足元から上へと拡がってきた。

一0年も経たないうちに我が家の裏庭は、不毛の荒れ地から生命あふれる庭園へと変わった。

よみがえった土壌の目覚ましい効果を観察していると、人類を悩ませているもっとも古い問題の一つ、つまり土壌の枯渇や破壊を防ぎながらどのように食料を生産するかへの解決策が見えてくる。

我が家の裏庭で展開された実験は初期の有機農家や園芸家の先駆的な洞察を裏付けた。

地下の微生物を育てることで、古代の耕作慣行や現代の農薬と化学肥料の使いすぎが引き起こした問題は、多くが解消されるのだ。

しかし私たちの旅はそこで終わらなかった。

土壌生物は隠された自然の半分の、ごく一部にすぎないことを私たちは知ったのだ。

アンががんと診断されたとき、私たちは健康それ自体への認識に疑問を抱くようになった。

それは何に由来するのか?

まさにこのときから、人間の体内の微生物を見る私たちの目が変わり始めた。

初め私たちは共に、微生物を主に病原体として見る旧来の医学的観点を持っていた。私たちは二人とも、感染症と闘う現代医学の力を経験し、抗生物質によって命を救われたことをありがたく思っている。

しかし人間の健康に影響を及ぼしているのは、微生物界の悪者ばかりではない。

微生物に関する最新の発見は、私たちが自分で思っているようなものとは違うことを教えている。

このことは数年前、『サイエンス』誌や『ネイチャー』誌で大規模な科学者集団が報告した研究結果により、はっきりと浮き彫りになった。

数え切れないほど多種多様な目に見えない生物ーー細菌、原生生物、古細菌、菌類ーーが、人間の表面と体内で繁栄しているのだ。

そして無数のウイルス(これは生物だとは考えられていない)も。

これらの細胞の数は、私たち自身の細胞の数を少なくとも三対一(10対一だと言う者も多いが)で上回り、こうした生物が私たちに何をしているのかは、わかり始めたばかりだ。

そして地球は植物、動物、人間の身体と同様——外側も内側も微生物に文字通り覆われている。

数が多いだけでなく、微生物はたくましく、地球上でもっとも過酷な条件にも耐えられる。

読者が微生物の刺激的な世界を旅する助けになるように、本書には用語集と註釈、またさらに深く掘り下げようとする読者のために網羅的な文献リストを付録した。

近年の発見を見れば見るほど、微生物が植物と人間の健康維持に果たす共通した役割に、私たちは興味をそそられた。

そして私たちは、人間の体表面と体内に住む微生物を指す新しい呼び名ーーーヒトマイクロバイオームを知った。

地力を回復させ慢性的な現代病の流行に対抗するのに微生物が役立つことを、私たちは知り始めた。

自然のまったく新しい見方を、私たちは偶然発見したのだ。

本書で私たちが話すのは、自然の隠れた半分をめぐって起こりつつある革命についての知識と洞察を明らかにし、両者を結びつけていく過程だ。

私たちは多くの科学者、農家、園芸家、医師、ジャーナリスト、作家の仕事に依拠し、そこから引用し、それらを支持している。

それは人類と微生物との関係を探究するものがたりだ。

目に見えない厄介物と長い間考えられていた微生物が、人間が現在直面するもっとも差し迫った問題のいくつかに取り組む手助けをしてくれることを、今私たちは認識している。

この微生物に対する新しい見方は衝撃的だーー

微生物は人間と植物の欠くことのできない一部分であり、そうあり続けていたのだ。

こうした見方をすると、農業と医学の新しいやり方を約束する驚くべき可能性が生まれる。

顕微鏡規模での畜産や造園を考えてみよう。

有益な土壌微生物を農場や庭で培養すれば、病害虫を防除して収穫を高めることができる。医学分野では、人体の微生物生態の研究が、新しい治療法を推し進めている。

二、三0年前であれば、このような考えは荒唐無稽なものに思われただろう。

目に見えない生命自体が何世紀か前にはそうであったように。

微生物が健康の基礎であるという科学的知識が明らかになってきたことで、農地の土壌と私たち自身の身体に棲む微生物への、無差別攻撃の正当性が疑われている。

土やからだの中には私たちの密かな物言わぬ仲間がいるのだ。


出版社からのコメント

『失われゆく、我々の内なる細菌』の著者である細菌学者のブレイザー博士が本書に賛辞を寄せているように、土と人体を併せて論じている本書は、天動説から地動説への転換に大きな力があると考えています。

ご一読いただければありがたいです。

土と内臓 (微生物がつくる世界)
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