「強い体」をつくる食べ方 内海聡 (著)

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「強い体」をつくる食べ方

本当の予防医学は「強い体」をつくること

病気は予防できたほうがいい。

予防できなかった場合は、早く発見し早く手を打つほどいい。

私は、こういう考え方は「嘘の予防医学」だと思っています。具体的にいえば、少しでも調子が悪くなったらすぐに病院に行き、病名というラベルを付けられ、診療費や薬代を支払う。

まさに医療ビジネスの術中にはまる発想です。

「早期発見の罠」といってもいいでしょう。複数のデータによって健診をうけるほうが無駄であること、医原病になったり死にやすいことも判明しています。

現代の病気のほぼ大半は病気ではなく、医原病であり食源病であり、そもそも病気でさえないのです。

あとでもお話ししますが、私たちの体には、本来、自らを癒す力が備わっています。

外部の人間が見つけ、対処するまでもなく、体は自分で自分を治すことができる。

その自然な作用が働こうとしているところへ、おかしな検査や薬に割り込まれるのは、「余計なお世話」以外のなにものでもありません。

ならば、そうなる前に「予防」できればいい、と考えるかもしれませんが、ここにも落とし穴があります。

「病気を予防するために、何かをしなければならない」という姿勢自体、病気にフォーカスし、かえって病気を招く発想だといえるからです。

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前項でも、健康が「生きる目的」になっている人は、かえって病気を招きやすいといいました。

それと同様、病気を予防することを意識し過ぎると、逆に予防にならないのです。

しかも、「予防したい」という思いが強いほど、「早期発見して早めに手を打たねば」と、病院に頼りがちになるという弊害もあります。

「もっと悪化するのを『予防』するために、早めに病院へ行こう」というわけです。冒頭で、「『病気は予防できたほうがいい』というのも『嘘の予防医学』」だといいました。

それは、その発想自体が、医療ビジネスと簡単に結びつきやすい考え方だからなのです。

では、私が考える「本当の予防医学」とは、いったい何でしょう。

いってしまえば単純な話で、「病気」にも「症状」にもフォーカスせずただ「強い体」をつくるようにしていく、という発想です。

強いというのは格闘家のように強いという意味ではなく、芯のある生き方と体を持つということです。

[病気」「症状」という概念自体を、自分のなかで薄くしていくイメージ、といってもいいでしょう。

そもそも、予防したいと考えるのは、「病気」や「症状」と呼ばれるものを敵視しているからではないでしょうか。

でも、体の自然の摂理からすれば、それは正しい考え方とはいえません。

なぜなら、通常「病気」「症状」といわれるものもまた、自然の一部。つまり、体が「必要に応じて出しているもの」だからです。

もちろん、ただ、最終的に目指すべきは、症状が出ない強い体です。

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その意識が強すぎると、何か少しでも症状が現れると、何か手を加えたくなってしまうのです。

仮に症状が現れたとしても、それは体が細菌やウイルスと戦っていたり、悪い毒物を代謝していたりする証拠。

そこから、きちんとリカバーできる体であれば何も問題はありません。

第一に、症状が現れない強い体。
第二に、必要なときには、きちんと症状を出し、回復する強い体。

強い体には、この二つの意味があると考えてください。

そんな本来の自然治癒力が働く体こそが、私の考える「強い体」であり、そういう体をつくることが「本当の予防医学」といえるのです。

出せる体は「戦うパワーのある」体

「自分は健康意識が高い」とばかり注意して、「出す」と自負していても、食べ物に気をつけるなど「入れる」こことにあまり意識が向いていない人は多いようです。

「出す」というと、真っ先に浮かぶのは、おそらく「便を出す」でしょう。

だから、「自分はちゃんと『出す』ことにも注意している」と、いうかもしれませんが、ここでお話ししたいのは「症状を出す」ということです。

いわゆる「健康意識の高い人」ほど、「いいものを入れる(食べる)」「便を出す」はよしとしながら、なぜか「症状を出す」となると、とたんに別物のように考えてしまうようです。

だから、先ほども例に挙げたように、「健康に気を使って食べ物に気をつけています」とはいうものの、何か症状が出ると病院に行ったり、薬を飲んだりして「症状を止めよう」としてしまうのです。

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あとでも詳しくお話しするように、たしかに「入れるもの」は大事です。

現に、食べ物や食べ方を変えたら、長年、悩まされていた不調が消えてしまったという実例は、私のクリニックだけでも多数あります。

しかし、いくら「入れるもの」に注意しても「100パーセント、いいものを入れる」のは難しいといわねばなりません。

とくに土も空も海も汚れており、農薬や食品添加物などの有害物質も大量にはびこっている現代では、「多少なりとも毒が入ってくる」ことを受け入れなければ、何も始まりません。

そして「100パーセントいいもの」がほぼ不可能だからこそ、「出す」ことも考えなくてはならない。

それにはもちろん「便を出す」に始まり「毒を出す」もありますが、「症状を出す」も含まれるのです。

ですから、そもそもの大前提として、「症状とは、体が自分で自分を治すために出しているものであり、いいものだ」という理解が必要です。

たとえば、なぜ、風邪を引くと熱が出るのでしょう。体に侵入したウイルスを倒そうと体が戦っているからです。

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同じく、鼻水は外敵を鼻から追い出すために出るものですし、下痢は外敵を肛門から追い出すために出るものです。

喉にたんが絡むのも咳が出るのも、体が外敵にいち早く反応し、「入り口付近」で追い出そうとしているわけです。

要するに外敵によって「出口」が違うだけで、起こっている作用は同じといっていいでしょう。

このように、前項で述べた痛みも含め、発熱、鼻水、下痢などの「出ている症状」は、すべては治癒に向かう体の反応です。

つまり「出せる体」とは、「外敵と戦うパワーのある体」なのです。

そこで私たちにできることといえば、戦っている体に余計な負担をかけないよう、休むことくらい。

それなのに、症状に対して解熱剤、鼻水止め、下痢止め、咳止めなどを使うのは、体に「自分で自分を治すな」といっているようなものでしょう。

となれば、出ている症状は、いわば「どうでもいい」もの。

こういうと語弊があるかもしれませんが、要するに、結果として現れている症状を何とかするより、症状を出している「何か」に目を向けること。

根本的な原因は何なのかと、自分で考えられるようになることのほうが、よほど大切だということです。

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by ヨメレバ

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