オリンピックで浮かれるな 巨大地震だ、津波だ、逃げろ! 船瀬 俊介 (著)

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オリンピックで浮かれるな 巨大地震だ、津波だ、逃げろ! 2020年までに東京直下地震100%

M7級の首都直下地震が、今後7年以内に起きる!

日本中が歓喜に沸き立った東京オリンピックの開催。でも、熱に浮かれたようなオリンピック報道の影で、それまで新聞紙面をにぎわしていた東京直下地震の話も、南海トラフの報道もいっさいが消えてしまった。

状況は何も変わっていないのに!だが、安倍内閣の参与・藤井聡京都大学名誉教授自身が警告するように2020年までに首都直下地震の起きる可能性は100%なのだ!!

我々はどうすればいいのか?座して死を待つな!

世界有数の危険な場所

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都市は様々なコンクリート建造物で、埋めつくされている。

ところが鉄筋コンクリートは、地震1回分の力に耐えるようにしか、その首都圏はすでに何十、何百回と小さな地震に揺すられてきた。

とくに3・11以降の度重なる余震・・・。10階以上のビルや橋脚でも構造体が相当弱っている。

中でも「震度7」で確実に崩壊する・・・と専門家が危倶するのが「首都高」だ。

「日本の高速道路は、世界有数の危険な場所です。タンクローリーもやたらに走っていて、火災の危険性も大きい」(和田氏、前出)

「首都高」高架は激震で、ほとんど崩壊するだろう。とにかく老朽化が激しい。その80%が高架橋。

ルートのほとんどが河川上や高架という特殊構造。それは地面を走らない。高速道路なのだ。

1959年に着工、1964年の東京オリンピックに向けて突貫工事で造られた。

羽田空港と国立競技場開の31キロが完成したのは、なんと開会式2ヶ月前。連夜の突貫工事がしのばれる。

それから半世紀を経た鉄筋コンクリート建造物が建っているだけでも奇跡だ。

破損箇所9万7000

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「首都高」の23・7%(延長71キロ)は築40年以上。そして、約46%が経過年数30年以上という老朽ぶり。路面や橋脚はひび割れ、腐蝕だらけ。

亀裂が走っている鉄筋やコンクリートも目立つ。そこに補修セメントが塗り込められ、まさに満身創痍。9万7000。これは、「首都高」で補修が必要な破損箇所である。

そこを1日100万台以上の車が行き交う。激しい振動だけでも劣化が進む。思わず笹子トンネル天井崩落の悪夢がよぎる。

しかし、「首都高」には「造り替えられない」というジレンマがある。

それは24時間営業。東京の生命線のためストップできない。関係者の証言だ。

「通行止めになれば、経産省が黙っていない」

だから営業中 の工事を迫られる。造り替えるなど夢のまた夢。莫大なコストと労力のためお手上げ状態だ。

瓦礁に真っ直ぐ立つ3階建て

忘れ得ぬ1枚の写真がある。

1995年、阪神大震災直後の光景だ。「震度7」の直撃の跡。まさに周囲は瓦礁の山と化している。まるで空襲にあったようだ。鉄筋コンクリート建築ですら倒壊している。

このときなんと10万5000棟もの建物が全壊した。

まともに立っている家はほとんどない。そんな一帯瓦礁の中で、まったく無傷でスクッと建っている3階建て。大激震がまるでなかったかのようだ。

震度7級の揺れが襲っても、まるでなにごともなかったように、平然と建っている家。いったい、この家はどういう造りになっているのか?

「震度6強で日本の木造家屋93%は倒壊する」と報告されている。

この警告はショッキングだ。「震度7」なら壊滅だ。この住宅はKES構法という構造で、建てられていることを知った。それが山形に本社を置く株式会社シェルタ!との出会いとなった。

-KES構法の家、73棟無傷!

驚いたのは、阪神大震災の激震に、無傷で耐えたKES構法の家は、この3階建てだけではなかった。当時、(株)シェルター施工の家は、阪神大震災の被災地区に73棟、建っていた。

そして、すべて、外装も内装もほとんど無傷だったのだ。

それは、日本のいや、世界の建築界にとっても奇跡でしかない。KES構法の名前は、開発者の同社社長、木村一義氏の名前に由来する。

クキムラ・エクセレント・ストラクチャーの頭文字だ。

彼はわたしと同年輩。大柄な体に、温厚温和な風貌。それでいて繊細な感性も兼ね備えている。彼はKES構法の特徴を簡潔に3Sと表現する。

「スピード」「シンプル」「ストロング」。

その特徴は彼が発明した独特の接合金具にある。彼は大工の4代目だ。子どもの頃から父親のノミの音を聞きながら育った。

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その苦労を思いながら、いっぽうで「木にあんなに穴を開けて、だいじようぶかな」と思った。「匠の技を超えるものを考えたい」。

アメリカのメロン大学建築学科に留学。現地では住宅が「資産」であることにカルチャーショックを受けた。

皿洗いバイトなどで学費を稼ぎ苦学の日々を送った。そして、帰国後、1974年、24歳でホーム株式会社(1997年、株式会社シェルターに社名変更)を設立した。

社名には建主の家族の「生命と財産を守る」思いがこめられている。

現在、社員81名、年商36億円。彼の願いは、実際にかなった。文字どおり、(株)シェルターの家は阪神大震災で73家族の生命と財産を守った。

そして、2011年、未曾有の東日本大震災でもシェルターの家、建築は、見事にその務めを果たした。

東日本大震災で「震度7」「巨大津波」にみごとに耐えたのだ。

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