最強の自然医学健康法―こうすれば病気は治る 森下 敬一 (著)

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最強の自然医学健康法―こうすれば病気は治る

自然医学の第一人者、森下敬一博士の集大成! 基本的な理論から「自然医食」の実践まで、森下医学の入門書にして決定版。

なぜ「玄米菜食」なのか、なぜ「肉食」は体に悪いのか

なぜ血液をきれいにすると、病気は治るのか

なぜ「減塩」「糖質制限」の風潮に警鐘を鳴らすのか――

まえがき

人間の体組織は蛋白質で出来ているから、しっかり肉類を摂りなさいーーという實しやかな大嘘は、人間の頭脳がいかにも単細胞的なのだ、ということを教えてくれている。

この理論を拡大してゆくと、最終的には「人間は人肉を食べるべきだ」という結論に辿り着く。

人間が人間どうしで旨そうなのを見つけて互いに喰いっこを始めれば、人間は早晩自滅することになるだろう。

「蛋白必須論」は、その理想像が「人間共喰い現象」に繋がることを見落としているのだ。

40年ほど前、I.Jという東大医学部出身の医事評論家でラジオドクターの俊才が居られた。

100%完整な肉食論者で、生き馬の目を抜くような切れ味抜群の論説が人気を浚っていた。氏は自説(蛋白必須論)の実践者でもあったから、やがて糖尿病になり、盲目、そして脚も動かなくなって、東大病院に入院された。

入院されてしばらく経ってから、我が耳を疑いたくなるような情報が飛び込んできた。

「I.J先生が病室に玄米飯を運び込ませて、一生懸命飯を噛んでいる」というのだ。

「森下玄米教教祖殿。貴殿は、胚芽や糖をくっつけたままの銀シャリを、不味さを我慢して食べているだけですよ」と言っておられた氏が、命脈尽きる寸前での転身はお見事だ、と思った。

でも「もう数ヶ月早く転身させて居られたなら……」と、好敵手の死が惜しまれてならない。

論敵I.J先生は誠に実直な方であった。氏の数々の各著の一冊に「常識のウソ』がある。当著の書き出しに「人間は人間の肉を食べるのが本当である。しかしその為には殺人罪を犯さなければならないから止めよう……」とある。

これまでタブーだった恐るべき言葉を、氏は敢然と言い放った。

現代医学・栄養学の究極は、この一言なのだが、誰一人それを指摘してこなかった。

後にも先にも、「人肉こそ理想」という現代栄養学の〝崇高なる理念〟をズバリ言い切られたのは、I.J先生お一人だけである。

その意味に於いて私は「敵ながらアッパレ」との讃辞を惜しまない。

昭和25(1950)年、医学校を卒業した私は相模原病院(陸軍第三病院)にてインターン。病院住込研修は月曜日から土曜日までの常勤日とし、日曜・祭日は原則として大学研究室に戻った。

休日には、大学の先輩達が動物実験のため参集されていた。

その先輩達の実験の御膳立や補助・手伝いのため、われわれ学生教室員の協力を必要としていたのだ。当時とくに蟇(ヒキガエル)の離体心臓標本の作製が要求され、供給が需要に追い付かなかった。

当該標本作製は難しく、学生教室員(約10名)の中でも、私ともう一人の二人しか出来なかったので、いつも引っ張り凧の状態だった。

その頃、怪文書が罷り通った。昭和23~26年頃大学卒業の世代人の寿命は、昭和 50~60年未満で終焉。

何故なら、この世代人は、成長期に殆ど栄養らしき食物が与えられず、おしなべて血管は脆い。それ故、50~60歳未満で脳溢血や心筋梗塞で倒れるというのだ。

しかしこの読みはあくまでも現代医学・栄養学的読み。完全な的外れだった。確かに我々の少年・青年時代、牛肉や牛乳などを見た事も無かった。

けれども血管の壁はそれなりに造られていたらしい。必要な蛋白質は食物からではなく、自分の体内、とくに胃腸やその他の臓器組織に於いて〈元素転換的〉に自家生産されていた。

だから今、戦中派の90~95歳は若者よりも壮健なのだ。

敢えて宜言しよう。「私は、塩漬けデンプン人間の端っくれである」と。

本書の刊行に当たり、共栄書房•平田勝社長と佐藤恭介氏の優れた構想と絶大なるお力添えを頂いた。記して謝意を表する。


第1章 いま、なぜ自然医学か

2 森下自然医学で終始一貰追求してきたもの

人間には塩の調節機能が備わっている

今、巷では「減塩しろ」という声が多く聞かれますが、生命体は海の中で自然発生をし、そして、何十億年という茫々たる時間をかけて進化をしてきたわけですから、基本的に塩が悪いということはあり得ないのです。

人類として誕生する前から、塩と共存していた。ですから減塩という考えは物事を狭い範囲で見ているところからの間違いであって、自然界においてそういうことは起こり得ません。

何でもそうですが、摂れば摂るほどいい、というものではありませんが、普通程度に摂っていれば有害に働くということは決してあり得ません。

我々は、海の中で発生して陸地に住んでいるわけですが、大昔は地球には海しかありませんでした。

海底火山が燥発し、それが成長し陸地を形成して今のようになっていきました。

海の中で発生した生命体は、植物と動物に大別できますが、植物は4次元の世界、動物は3次元の世界を生きていて、生命体としての次元は植物の方が断然上なんです。

動物は植物に養ってもらっている、と考えた方がいいくらいです。

3次元の世界とは、縦、横、高さの3つの次元のサイコロ型の空間です。その中で生活をしている生き物だから、3次元の生命体というわけです。

これは、今私たちが考えている生命エネルギーとはもっと違うところに根源があるのです。

こういう小さな狭い3次元の空間の中で、私たちは目で見えるものだけが存在していると思っていますが、目に見える世界とは本当に限られた世界で、実際は今私たちが生きている世界を外側から目に見えない広大な世界が包んでいる。

実はここに生命エネルギーの根元が存在しているのです。

3次元の世界には存在しません。生命エネルギー、つまり、命のエネルギーは、3 次元以上の4次元、5次元の世界に存在しています。

植物が4次元の世界で生きているということは、具体的に言うと、植物は、葉緑素を使って太陽光のエネルギーを活用して、炭水化物(つまり糖質)を造っている。

この世界の根源は、H2OCーー水素と酸素と炭素ですが、植物は太陽エネルギーを用いて水をHとOに分解します。

分子を真2つに割ってしまうわけです。その間にCとHを取り込んで出来上がったものが炭水化物、いわゆる糖質です。植物はこれを造ることが出来るのです。

CHOを造ることの出来る能力を持った生き物が植物で、動物はそれが出来ません。

そこで動物は、植物が造ったこのCHOという炭水化物を、自分の栄養として身体の中に取り込み、細胞の中のミトコンドリアで分解し、エネルギーを取り出して生きていくことが許されているだけです。

これを「従属栄養」と言います。自分で造り上げることが出来る植物は「独立栄養」と言い、自分だけで生きていけます。

このような状況の中、陸地が出来上がって温度が何千度という高熱からだんだん冷めていき、通常の20~30℃に下がったときに、海の中の生き物で最初に陸地に這い上がったのは植物なんです。

植物は完全に自分で生きていける能力を持っているから、陸に這い上がっても自分だけで生きていけます。

しかし、従属栄養である動物は、植物が存在しなければ生きていけませんから、自分で勝手に丘の上に這い上がることは出来ません。

植物の上陸後、何千万年か経ってから動物は上がるわけですが、動物は上陸したのではなく、私はこれを勝手に〝残陸〟と呼んでいます。

どういう意味かというと、自分では這い上がっていく能力はないのですが、今から4億1千万~3億6千万年くらいの間の5千万年間、これは地質学的には「デボン紀」と言われる途方もなく遠い昔の時代ですが、地球上の氣候の状態が大変に不安定で大きく変化をしていた時期で、海面が100メートルくらい上がったり下がったりしていた時期なんです。

雨が降り出したら、3~5年くらい昼も夜も絶え間なく降りっ放しで、止んだら数年間晴れの日が続くということで、海面が大幅に上下した時期でした。

この時期、陸地のいたるところに小さな沼や湖や池などの水溜りが出来、ここに海水と同時に一部の魚が取り残されたんです。

これが陸地に住む我々動物たちの先祖です。

この魚の中で、特に肉鰭類には発達した胸鰭や腹鰭があって、その鰭の根っこに筋肉が付いている一族がいました。シーラカンスの仲間だと想像してください。

今でも一部生きていますが、彼らが水溜りに取り残された。ところが、環境が変化することでこの水溜りの水分はどんどん蒸発して飛んでしまって泥濘化していく。

つまりぬかるみの状態があちらこちらに出来上がっていったのです。

そうすると鰭は役に立たない。海水の中だったら身体を移動させるのに役に立ちますが、泥沼の中では全く意味をなさない。

こうした状況では魚は死んでしまうわけですが、肉鰭類だけは生き残りました。

それは、鰭の根っこについている筋肉をどんどん発達させ、胸鰭を前足にし、股鰭を後ろ足にして沼の中を這いずり回るという芸当を覚えたからです。

これが4足の動物が登場する前兆であったわけです。

加えてこの肉鰭類は巨大な浮き袋を持っていました。それを使って酸素を取り込むことを覚えたんです。浮き袋が肺になったわけです。

こうして、5千万年の間に沼の塩泥濘の中を這いずり回る生物に進化していきました。

その一部に、今から314億年前にうまく海底に舞い戻ることに成功した動物がいます。

それが「ウォーキングシャーク」。これは112年ほど前に発見されました。

インドネシアの海底315メートルくらいのところを、泳ぐのではなく自分の足で這って歩くサメです。

これがどうも4億年前の生き残りだと最近の研究で判りました。

ウォーキングシャークは、海底だけではなく陸地の岩の上を這いずり回ることも出来るんです。

肺が発達して呼吸が出来るから陸地を歩くことも可能です。

これまでお話したような「動物がどのように進化してきたか」というプロセスは知っていましたが、その生き残りがウォーキングシャークだ、ということについては、つい最近、偶然テレビの画面で教えられました。

従って、「残陸」というのが実体なんです。

止むを得ず取り残されて仕方なく水溜りの中に居て、そこが塩泥濘に変わっていった中で進化をし、陸地に取り残されたわけです。

このことから考えてみても、我々動物は塩に対しては強いんです。一番簡単なのは、塩をたくさん摂ると喉が渇き水をどんどん飲みたくなる。

そういうときは水を飲んで薄めて、塩が細胞に有害な影響を与えないよう生理的に調整をやっています。これ以外にも、「Na→K」の元素転換作用もありますから、塩分過剰なんて原則的に存在しないのです。