香りは“新しい脳を”目覚めさせる。
塩田清二 星薬科大学特任教授◎文
やる気を出し、うつを抑制 新しい脳=「大脳皮質」がカギ
心に効くアロマセラピーとはどんなものでしょうか? ここでは、脳のしくみから説明していきます。
そもそも人は進化の過程で、「大脳皮質」という新しい脳を発達させ、嗅覚に全面的に頼らずとも危険を察知したり、回避する能力を身につけてきました。
におい分子は約40万種類あるといわれていますが、人間の嗅細胞がキャッチできるのは、その中のわずか3千~1万種類で、イヌの100万分の1程度です。
ですから大脳皮質は、人にとって、とても重要なところです。
とくに前頭葉は、運動機能、自律機能、精神機能に関係し、意志や意欲、思考、創造、感情など高次機能を調節していて、社会的活動を行うために必須の部位です。
前頭葉が活性化すると「やる気」が出てきて行動的になり、「もの忘れの改善」などが起こります。
逆に、ここに障害がおきて神経細胞の活動が阻害されると「うつ病」や「認知症」などを発症すると考えられています。
また、におい分子は鼻腔内の嗅覚受容体と結合し、信号となって脳に伝わっていきますが、大脳皮質への情報伝達速度は、大変早いことも分かっています。
我々が動物専用のfMRI(機能的核磁気共鳴画像)を用いて、ラットの脳内の血流量が「におい刺激」でどう変化するかを調べたところ、刺激を受けてから数分以内に、大脳皮質やそれ以外の部位に、脳血流の変化がおきることが明らかになりました。
神経細胞が活性化すると酸素の消費が増加して脳血流量が増えます。
この変化量をfMRI によって画像化することで、どの部位がにおい刺激に反応して脳が活性化するかが確認できるのですが、実験によって、「におい」は大脳辺縁系の海馬では〝記憶〟に関与し、さらに扁桃体に作用して〝情動行動〟にも深く関与することが分かったのです。
扁桃体が司る情動は原始的かつ本能的であるとされています。
ある特定のにおいを嗅ぐと、かつての恋人を思い出して切なくなったりするのは、海馬や扁桃体の活性化による情動反応であると考えられます。
認知症を改善させる効果も
さらに私の研究室ではNIRS(近赤外光脳機能画像)を使い、においが人の大脳皮質の脳血流量にどのような影響を与えるかについても調べました。
横浜の介護老人保健施設で、アルツハイマー型認知症の男性10名、女性17名を対象に、超短波式加湿器を用いて、毎日日中2時間、レモングラスのセルエキストラクト(※)の芳香浴を臨床試験として行ったところ、その結果、8週目には、5名の知的機能の改善傾向が観察され、認知症の初期、中期、末期のどの時期でも、レモングラスによる芳香療法が効果的であることが実証されました。
さらに患者の脳機能を調べると、この香りが大脳皮質前頭葉内側近傍の脳血流量を増加させることも確認できました。
ただし、ラベンダーのように脳を鎮静化させる香りは、大脳皮質の脳血流量を低下させてしまうので、芳香療法を行う場合は十分配慮してください。
眠った脳機能も目覚めさせる
通常の成人では、脳の神経細胞は再生しないと言われています。
ただ例外はあり、鼻腔嗅部、側脳室下帯、海馬の歯状回などの神経細胞は、成人でも神経再生が可能であるとされ、この再生にもアロマセラピーは役立つと考えられます。
また、大脳皮質の神経細胞のうち、我々が実際に使っているのは神経細胞全体の3〜5%ですが、残りの神経細胞をアロマで活性化させることも可能です。
脳内の神経ネットワークは複雑に張り巡らされているので、一部の回路が断線したり、細胞死を起こしていても、人の記憶や行動、感情などは大きく変わることはないとされています。
老化や障害によってたくさんの細胞が死んで細胞数が減少しても、においなど外部からの刺激でシナプスが接合する部分を増やせば、機能を補完できます。
また、何度も繰り返し情報が伝わるとその部分が補強されて、〝信号の通り〟がよくなります。
アロマのにおい刺激によって脳血流量が増加すれば、それまで十分に機能していなかった神経細胞がめざめて活性化し、脳機能を向上させることも考えられるのです。
認知症の患者さんに対して、毎日芳香療法を行った場合に、行動的になり、中核症状である「もの忘れ」の改善が起きた事実があります。
私は、認知症の予防や改善に、芳香療法が有効であることは確かだと思っています。
さらに、芳香療法と薬物治療、あるいはそれ以外の統合医療的な療法を組み合わせれば、認知症の他、心への効果もいっそう生まれるでしょう。
※水溶性アロマのこと。
セラピスト 2017年10月号より
隔月刊『セラピスト』は、アロマテラピー、ロミロミ、整体などのボディセラピーから、カウンセリングをはじめとする心理療法、スピリチュアルワークまで、さまざまなジャンルを扱っている専門誌です。
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セラピスト 2017年 10 月号 | ||||
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