自然流食育のすすめ―小児科医からのアドバイス〈3〉 真弓 定夫 (著)

シェアする


自然流食育のすすめ―小児科医からのアドバイス〈3〉

子どものときから身につけたい食べ方の原則。

小児成人病とアトピーの子たちが増えている今、何をどのように食べればよいのかを、健康と文化の両面から考える。

一九四五年に、日本は戦争に負けました。

その後の七年間の占領期間に、伝統的に非常に優れたものであった日本の食事や、出産形態などが、GHQ(連合国占領軍総司令部)の謀略によって急速に切り替えられていったように私には思えてなりません。

終戦を迎えたとき、私は中学生で、周囲には栄養失調の子どもがあふれでいました。

何しろ、当時は戦争こそ終わったものの、食べるものはない、着るものはない、住む家もないという時代でした。

boy-424982_640

確かにあの頃、多くの日本人には摂取すべき基本的なカロリーが不足していました。

いわば、非常事態だったわけです。一方アメリカの方は、本国で余剰農産物になっていた小麦やミルクの輸出先を求めていました。

そのような状況の下で、その影響が今日にまで尾を引いている、あのパンと脱脂粉乳という学校給食スタイルが導入されるわけです。

それはアメリカの余剰農産物を受け入れざるを得なかった当時の時代背景からスタートしたものだったということができるわけですが、政治的な道具の一つとして、学校給食が利用されたということもできるでしょう。

いずれにしても、当時さかんに学者をはじめとする識者たちによって宣伝されていたような「米に比べ、パンの方が健康と美容のために優れているから」では決してなかったのです。

buttered-18641_640

水は子どもの主食

下痢をしている幼児を連れてみえたお母さんに、私が尋ねます。

「お母さんの主食は何ですか?」
「ご飯です」

「お子さんの主食は何ですか?」
「ご飯です」

「いいえ違います」

お母さんはけげんそうな顔で私を見つめます。
「お子さんの主食は、水なのですよ」

drip-921067_640

そう申し上げてもなかなかご納得いただけないようですので、説明を加えることになります。

言うまでもないことですが、子どもは大人をそのまま小さくしたものではありません。

身体内の水分の合有量もまったく異なるのです。

大人の身体の構成成分中に占める水分の割合は、60パーセント、一方幼児は70パーセント、新生児では80パーセントにも及びます。

しかも、汗などで水分が失われるときには、体重の割合ではなく、体表面積の割合によって失われますから、体表面積の比率が大きな年齢の低い子どもほど、早急に水分が失われてゆきます。

drip-351619_640

一日に必要とされる水分量は、体重一キログラムにつき、成人で30~50ミリリットル、学童50~80ミリリットル、幼児80~100ミリリットル、乳児100~150ミリリットルと大きな差があります。

発熱、下痢、服吐、咳噺(せき)などで身体から平常よりも多く水分が失われるときには、それぞれの症状を抑える前に、水分を十分に、ただしゆっくりと与えて、身体の平衡状態をとり戻すことが大切になってきます。

「水は子どもの主食である」という意味がおわかりいただけたでしょうか。

肉を食べると短命になる

steaks-1235432_640

この頃の幼児は、小さいときからかなりの量の肉を食べているようです。

幼児期からの肉の過食は健康上いろいろ問題がありますし、とくに海を渡ってくる輸入肉には十分に気を配らなくてはなりません。

1985年初頭のワシントンポスト紙は、プエルトリコでの子どもたちの性的異常を次のように報じています。

「アイリスは生後十七カ月。おむつをし、子におしゃぶりを持っているが、すでに生理が始まっている。

マリアは生後十五カ月なのに大きな乳房を持っている。九歳のマニュアル少年は女性ホルモンが排卵期の女性より高い」

dihydroprogesterone-867429_640

こうした性的異常が続出している原因として、米国の医師たちは第一に家畜に与える成長ホルモンを挙げています。

成長ホルモンは、家畜を早く太らせて飼料効率を高めたり、肉質を柔らかくしたりするために使われ、健康よりも経済性を優先する食品産業界にとってはたいへん便利なものなのです。

わが国では、こうした輸入牛肉も含めて、(昭和三十五年)には一人当たり5.2キログラム食べていた牛肉を、1991年(平成3年)には28.9キログラムと、約5.5倍も食べている現状です。

自然流食育のすすめ―小児科医からのアドバイス〈3〉
真弓 定夫 地湧社 1996-06
売り上げランキング : 102227

by ヨメレバ

知らないことは罪である。知ろうとしないことはさらに深い罪である。シェアして拡散しましょう!