自然流食育のすすめ―小児科医からのアドバイス〈3〉 真弓 定夫 (著)

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自然流食育のすすめ―小児科医からのアドバイス〈3〉

Ⅱ 食の原点 より

今、何を食べればよいか 飽食と偏食のつけ

昭和三十年代までの日本人の食生活は、腹八分目という認識が徹底しており、飽食などという感覚からはほど遠いものでした。

すでに述べたように、そもそも三〇〇万年にわたるヒトの食の歴史そのものが、飢えの歴史であり、飢えに対しては、ヒトの身体はかなり順応できるようになっています。

それは、断食などが健康に及ぼす好結果を考えてみても明らかでしょう。

ところが、昭和三十年代に入ると、日本はローマ帝国の末期などを除いては人類史上にもほとんど例をみない飽食(今や呆食と表現する人すらあります)の時代に突入してしまいました。

経済発展を優先する風潮に乗って、「大きいことはいいことだ」とか「タンパク質が足りないよ」などといった壮大なキャンペーンを繰り広げた、誤った現代栄養学に巧みに踊らされ、また多くの人々が見事にこれに乗せられてしまいました。

もともとヒトの身体は飽食には馴染んでいないのです。にもかかわらず、いわゆる三大栄養素(タンパク質・糖質・脂質)のとりすぎから、小児成人病やアレルギー性疾患などおかしな病気が生み出されているのが憂うべき現状です。

言うまでもなく、ヒトは、自然界の生物の一員にすぎません。

したがって、もし病気になった場合、クスリに頼らず自力で治すのが本来の姿であり、それが自然治癒力と言えるわけです。

例えば感染症に対処するには、すでに述べたように自らの体温を高めて細菌やウイルスに対応するのです。

つまり発熱するわけです。またお腹の中に老廃物が溜まればそれを早く体外に出さなければなりません。

それが下痢であり、嘔吐です。呼吸器に分泌物が留まった時には、咳や喘嗚でそれを切るように努めます。

すなわち、発熱・下痢・嘔吐・咳・喘嗚などはすべて感染防止機構のあらわれであり、原則的にはこれらの症状をクスリで抑えてしまうのは好ましいことではありません。

もちろん、そのまま放置しておいてはいけないのは言うまでもありません。

発熱・下痢.嘔吐・咳など症状がある場合には、それによって失われた身体内の成分を補給して、発症前の状態に戻すことが大切です。

その際にもっとも必要なのが水であり、ビタミンであり、ミネラルです。

飽食の現代にあっては、体調を崩したときに補給すべきものは三大栄養素ではなく、水・ビタミン・ミネラルを多く含んだ食べものということになります。

このうち水やビタミンの必要性についてはご存知の方が多いと思いますので、以下にミネラルについて触れてみましょう。

微量元素の大切さ

ヒトの身休を構成する元素のうち、代表的なものは、酸素・水素・炭素・窒素の四つでこれだけで身休の構成成分の九六・六パーセントを占めています。

ついで準主要元素として、カルシウム・リン・硫黄・カリウム・ナトリウム・塩素・マグネシウムがあります。

この七種の元素で身体の構成成分の三~四パーセントが占められています。

さらに微量元素として、鉄・亜鉛・銅・クロム・コバルト・セレニウム・マンガン・モリブデン・ヨウ素・フッ素・ニッケル・ケイ素・スズ・バナジウム・などがあげられています。

これらの元素類はすべてを寄せ集めても、身体を構成する成分のわずかO・Oニパーセントにすぎません。

しかしこれらの微量元素を総合的にバランスよくとることで生体機能が円滑に営まれ、体調が整えられ、体質がよくなるのです。

現代栄養学はあまりにもこの点を軽視あるいは無視しています。

それがかつて見られなかったような多くの難病を次々と生み出す原因にもなっているのです。

微量元素については、たとえば亜鉛ひとつを取り上げてもさまざまな指摘ができます。

亜鉛は欧米では一九六〇年代から注目されてきた微量元素です。

日本でもおくればせながら食品成分表の改訂五版からその中に加えられることになりました。

亜鉛の働きの一つに、免疫能力を高めて病気に対する抵抗力をつけるということがあります。

ヒトの出産直後の初乳には、一リットル中に換算して亜鉛が約一〇ミリグラム含まれています。

一方、市販粉乳の中にはその約十分の一しか含まれていません。

母乳栄養児に比べて人工栄養児がかぜをひきやすかったり、アレルギー疾患になりやすいのも当然の話です。

また亜鉛は性のミネラルとも言われ、生殖機能に関与します。

ヒトの卵子は胎児期に形成されますから、昭和三十年代からエスカレートしている食の誤りと人工乳による哺育のつけが、今の出産率低下となって現れているのではないでしょうか。

一人の女性が生涯に産む子どもの数が、平成六年度には一・五〇人にまでなっていることをご存知の方も多いでしょう。

このままカロリー偏重の食生活をつづけていけば、全般的な徴量元素の摂取不足ともあいまって若い女性が子どもを産みたくても産めなくなり、また若い男性が産ませられなくなるのは必至です。

さらに亜鉛はインシュリンの合成を活性化し、血中コレステロール最を調節したり、動脈壁の傷の修復を早めて動脈硬化を防ぐ働きもあり、糖尿病や心筋梗塞などを予防する上で欠かすことができません。

それでは、ここで亜鉛を多く含む食べものを列挙してみましょう。

牡蠣・ごま・はまぐり・大豆・いわし・ほうれん草・青じそ・玄米・にんにく・山芋・にんじん・そばなどです。

このような亜鉛以外の徴量元素についても、それらを多く含む食べものは、穀類・野菜・海藻類であり、お茶なのです。

どれもみな日本ではお馴染みの食材ばかりです。

せっかくこれらのよい食素材に恵まれているわが国で、それを投げ捨て、戦後急激に欧米食に切り替えてしまったことは悔やまれてなりません。

とくに子どもには、大人よりもミネラルが必要です。

体重が十分の一だからミネラルも十分の一でよい、とは言えず、成長期にはむしろ大人以上に必要なのです。

したがって学校給食で子どもたちに与えてほしいのは、パン・牛乳・肉類・卵・果物ではなく、穀類であり、野菜・海草・小魚類であり、そしてお茶であることは、徴量元素の面から見ても明白な事実なのです。

これは塩分についても同じで、子どもは汗のかき方も多いので、十分な塩分を補わねばりません。

そうでないと夏場などはとくに、ぐったりしてしまうわけです。

近年、塩のとりすぎということが言われていますが、これはアメリカや日本の一部の医療関係者の偏見にすぎません。

たしかに地域的に塩をとりすぎているところもあるようですが、日本全体でみれば、決してそのようなことはありません。

減塩を言うより、むしろ適当な分量の塩をとるという「適塩」を考えるべきです。

もちろんここでいう塩とは、放置しておけば湿気を帯びるミネラルを豊富に含んだ天然塩のことであって、精製塩(NaCl) でないことは言うまでもありません。

なお、こうした元素が欠乏した場合、一時的にそれを含む栄養食品(カルシウム剤、鉄剤など)で補うのはやむを得ないかもしれません。

しかし、それらを継続してとるのは厳に恨むべきです。

特定の元素を単独でとりつづけると、相対的に必要元素全体のバランスが崩れて、かえって身体の変調をきたしてしまうからです。

自律神経失調の増加の一因として、栄養食品のとりすぎがあることに注目すべきだと思います。


子どものときから身につけたい食べ方の原則。

小児成人病とアトピーの子たちが増えている今、何をどのように食べればよいのかを、健康と文化の両面から考える。

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