農耕を始める前から、人類はさまざまなものを自分たちで発酵させてきた。時代と空間を超えて、脈々と受け継がれる発酵食。
100種近い世界各地の発酵食と作り方を紹介しながら、その奥深さと味わいを楽しむ。
発酵食ブームの火付け役となった、全米ロングセラーの発酵食バイブル。
発酵微生物との共存
発酵食品や発酵飲料は、その味や栄養素が文字通りイキイキと生きています。味は強烈でハッキリしているものがほとんどです。
臭気を放つ熟成チーズや、目の覚めるような味のザワークラウト、素朴で濃厚なみそ、滑らかな口当たりで気品に満ちたワインなどを思い浮かべてください。
ミクロ生物の細菌類や真菌類のパワーが、物質を変化させて生みだしたこの特徴的な味を、人類はずっと堪能してきたのです。
発酵のもたらす大きな利点のひとつは、食品を長期保存できることです。
発酵微生物が作りだす成分にはアルコール、乳酸、酢酸などがありますが、これらはすべて「天然食品保存料」であり、栄養素の喪失や食品の腐敗を防ぐ効果があります。
野菜、果物、ミルク、魚や肉などはすぐに腐敗してしまうので、人類の祖先はいろんな方法を駆使して、収穫期にとれた分を後になっても食べられるように工夫してきました。
たとえば、キャプテン・クックは大英帝国の植民地拡大に一役買った18世紀の探検家ですが、大量のザワークラウトを積んで航海することで、壊血病(ビタミンC欠乏症)による死者をださなかったため、王立協会から表彰されました。
1770年代に行った2回目の世界一周航海でも、60樽のザワークラウトが27カ月間もったおかげで、それまで大航海で数多くの船乗りの命を奪ってきた壊血病を、誰ひとりとして発症しなかったのです。
キャプテン・クックが「発見」し、英連邦王国の一部になった土地のひとつにハワイ諸島があります(ちなみにキャプテン・クック本人は、出資者のサンドイッチ伯爵に敬意を表して「サンドイッチ諸島」と呼んでいました)。
おもしろいのは、キャプテン・クックがハワイを訪れる1000年以上も前に、同じように太平洋を渡ってハワイに住みついたポリネシア人も、同じように発酵食品で長い航海を凌いだことです。
このときの発酵食品はデンプンでねっとりとしたタロイモのお粥で「ポイ(poi)」と呼ばれ、今もハワイを始めとする南太平洋全域でよく食べられています。
発酵は栄養素を逃がさないだけでなく、消化しやすいものへ分解もしてくれます。
いい例が大豆です。タンパク質が非常に豊富なのに、発酵していないとほとんど消化できません。
しかし発酵すると、大豆の複雑なクンパク質が消化しやすいアミノ酸に分解されます。
この大豆発酵によって、みそやテンペ(訳注:インドネシアの伝統的な大豆発酵食品)、たまり(醤油)などの伝統的なアジアの食材が作られ、今では西洋でもベジタリアンメニューの主要食材になっています。
ミルクもまた、多くの人にとって消化が難しい食品です。
ラクトバチルス乳酸菌は、発酵乳製品やその他のいろんな発酵食品に含まれるバクテリアですが、この乳酸菌が、消化しづらいラクトース(乳糖)を消化しやすい乳酸に変えてくれます。
同様に、小麦も発酵したほうが消化しやすくなります。
学術誌 “Nutritional Health“( 栄養健康学)にはこんな研究が載っていました。
大麦とレンズ豆と粉ミルクとトマトの果肉を混ぜ合わせて、片方は発酵させ、もう片方は発酵させずに両者を比較したところ、「発酵させたほうのデンプン質の消化率がほぼ2倍になった」そうです。
また、国連食糧農業機関(FAO)は、世界の重要な栄養源として発酵食品を絶賛推奨中ですが、PAOによると、食品に含まれるミネラルの吸収効率は、発酵によって向上するということです。
“The Permaculture Book of Ferment and Human Nutrition” (発酵と人間に必要な栄養に関するパーマカルチャーの本)の著者であるビル・モリソンは、食品を発酵させる働きを「一種の事前消化」と呼んでいます。
発酵はもともとそこになかった栄養素も生みだします。
培養微生物たちは、その一生の中で葉酸、リボフラビン、ナイアシン、チアミン、ビオチンなどのさまざまなビタミンB類を作ります。
ちなみに、植物性食品には存在しないビタミンB12も発酵によって作ることができる、とこれまでよくいわれてきましたが、この主張は泡と散ってしまいました。
分析技術が向上し、発酵した大豆や野菜にもあるとこれまで思われていたビタミンB12は、実際には何の効用もない「類似物」だとわかったのです。
ビタミンB12は動物性食品からしか摂取できません。
ということはつまりビーガン(動物由来の物は一切口にしない厳格なベジタリアン)の場合、サプリなしではビタミンB12が欠乏することになります。
とはいえ、サプリが本当に有効かどうかも議論の余地のあるところです。
活性酸素などのフリーラジカル(遊離基)は、ガンを引き起こすといわれていますが、発酵菌の中には、人間の体細胞からこのフリーラジカルを食べあさって、抗酸化物質として機能することが確認されているものもあります。
またラクトバチルス乳酸菌は、細胞や免疫系に欠かせないオメガ3脂肪酸を作りだします。
ある「自然食ベースの発酵菌培養サプリ」の販売員は、「菌の培養の過程で、スーパーオキシドディスムターゼやGFTクロミウム、グルタチオン、リン脂質、消化酵素にベータ1.3グルカンといった解毒作用物質などのサプリ成分が、勝手にたくさん生成されるんですよ」などと自慢しています。
しかし正直にいって、こんな栄養成分表みたいな内容を聞かされても、だんだん気が遠くなるだけです。
どんな食べ物が体にいいのかを知るのに、科学的な分析など必要ありません。自分の本能と味覚を信じましょう。
みそ 漬物、ヨーグルト、チーズ、甘酒から、エチオピア式ハニーワイン「タッジ」、レバノンの発酵食品「キシュク」、メキシコのパイナップル酢「ビニャグレ・デ・ピーニャ」まで。テネシー州の山中で自給自足の生活を送る著者が、誰にでも簡単にできる発酵パワーを使った世界の料理を紹介。
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