呼吸法という言葉の意味合いは、「呼=吐くこと」と「吸=吸うこと」の「法=方法」ということである。
この言葉が最初に「呼=吐くこと」から始まっているのは、息を吐くことの重要さを示している。
そして「法=方法」という文字があるからには、単なる呼吸ではなく、呼吸をする上でのテクニックということなのだ。
テクニックであるからには、それを身に付けるための決まりやコツがある。
ところが、細かなテクニックを定めている呼吸法は、意外に少ないというか、あいまいな呼吸法の方が多いといったほうが的確だろう。
「気持ちよく息を吸い込んで、ゆっくりと吐きましょう」
「緑の森の中をイメージして、深い呼吸をしましょう」というのは、内容的には「イメージ呼吸」であり、呼吸法というよりはイメージ法というべきだろう。
もちろん、そういうイメージで呼吸をするのは精神衛生上の効果もあるし、よいことなのだがそれを呼吸法とするのは、安易過ぎると思う。
本書で私が示す呼吸法は、そういったイメージ法ではなく、呼吸の確かなテクニックを身に付けるためのものである。
そのために「吐く前の喉の状態」「舌の位置」「呼吸の強さ」「呼吸の長さ」「呼吸の音質」「腹部の使い方」「胸部の使い方」「呼吸の回数」などを細かく指定して、決められたテクニックの呼吸になるように練習するのである。
そうやって身に付けることで、正しい「呼吸法」を自分のものにできる。
ヨーガ呼吸法には、驚異的な可能性がある。
その例として、インドのマドゥポルで、カルカッタ大学のドクター・ネオギー教授が出会ったヨーガ行者の話がある。
ナラシンガ・スワミというその行者はまず硫酸を数滴手のひらに落とし、舌でなめてしまった。
つぎに強い石炭酸も同じようになめてしまった。さらに猛毒で知られている青酸カリまでも、平気で飲み込んだのである。
この公開実験には、ノーベル賞受賞者で有名な科学者サー・C・V・ラーマンも立ち会っていて、これは近代科学への挑戦である、といったそうである。
その驚異的な現象について、ナラシンガ・スワミ本人の説明によれば「帰宅するとすぐヨーガのトランス状態に入り、強度の精神集中によって劇薬の致命的な影響を和する」とのことだ。ナラシンガ・スワミは、特殊なヨーガ呼吸法を使いこなせたのだと思う。
この話には後日談があって、ナラシンガ・スワミがビルマ(現ミャンマー)のラングーンで同じ実演をした後、宿に帰ってから突如来た訪問者に妨げられ、いつものヨーガのトランス状態に入ることができずに死んでしまったそうである。
この話を聞くと、ヨーガのトランス状態で猛毒を中和していたということが、真実味を帯びてくる。
このようにヨーガ修行も本格的になると、命懸けで取り組まなければならなくなる。
私の「空中浮揚」や「心臓の鼓動を止める呼吸法」なども命懸けの修行法である。
私は独学で心臓の鼓動を止めることができるようになったが、劇薬の致命的な影響を中和する力といい、空中浮揚といい、ヨーガの呼吸法で得られる能力には計り知れないものがある。
『ヨーガ・スートラ」や『ハタヨーガ・プラディーピカー』などのヨーガ経典に書いてある呼吸法を練習したからといって、こういった能力を身に付けられるわけではない。
経典の記述の枠を超えて「極意」といえるほどのテクニックを身に付けてはじめて得られるのである。
本書ではその「呼吸法の極意」に当たるテクニックを可能な限り紹介したつもりである。ヨーガ修行者はもちろんのこと、あらゆる分野の人の役に立てていただけたら幸いである。
基礎が大切
呼吸法も初級、中級、上級というふうに徐々に高度な技術を身に付けていくのだが、初級が一番簡単というわけではない。
最初のうちは確かに初級が一番簡単で、中級、上級と進むにしたがって難しくなる。
しかしある程度覚えると、初級の難しさや大切さがわかってくる。
レベルが高くなれば,なるほど、初級の難しさがわかってくる。それは呼吸法に限らず、どんな分野でも同じことがいえる。
基礎の難しさを知り、基礎訓練をしっかりと積んだ人が、その分野で卓越するのである。基礎をおろそかにしている人は一流にはなれない。
スポーツ、音楽、武術、絵画、舞踊など、どの分野でも一流と認められる人は、基礎がしつかりとしている。
呼吸法の基礎も当然大切であり、高度なレベルになるほど、基礎の難しさがわかってくるはずだ。
最も基本的であり、最初に覚える必要があるのが「完全呼吸法」である。
しかしそれはまた、あらゆるテクニックを覚えていった結果、最終的に身に付けるのも「完全呼吸法」なのである。
いつでもできる日常的な訓練
完全呼吸法のような呼吸法のテク二ックを練習する以前に、呼吸法を身に付けるための根本的な原則がある。
それは「呼吸に意識を向ける」ということと、「ゆっくりと息を吐く」という二つである。
呼吸は生まれて以来休むことなく続けられているので、ふだんは意識していない。その自分の呼吸に泣識を向けることが第一の原則である。
意識を向けた瞬問から、呼吸はゆっくりし出す。一日のうち、呼吸に意識を向けることが多くなるほど、ゆっくりした呼吸をしている時間が多くなる。
それがすでに呼吸法の重要な基本を身に付けたことになる。
そして第二の原則の「ゆっくりと息を吐く」ということを心がければ、ヨーガ呼吸法の「深い呼吸をする」という重要な基礎訓練をしていることになる。
一般的な深呼吸では息を吸ってから吐いているが、それでは本当に深い呼吸にはならない。
まず肺の中に入っている中途半端な空気を吐き出さなければならない。汚れた空気をいったん吐き出してから、ゆっくりと新鮮な空気を肺の中に取り入れることで深い呼吸になる。
その息を吸うときに、胸を広げるようにして、少し顔を上に向ければもっとよい。
この「呼吸に意識を向ける」「ゆっくりと息を吐く」という二つは、いつでもできる日常的な訓練なので、習慣として身に付けてほしい。
呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと | ||||
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