宮大工 千年の知恵―語りつぎたい、日本の心と技と美しさ 松浦 昭次 (著)

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宮大工 千年の知恵―語りつぎたい、日本の心と技と美しさ (祥伝社黄金文庫)

人間国宝の宮大工が語る、昔の大工の智恵と技術。

古い建物に込められている職人の技術と心意気を伝え、伝統的な日本の社寺建築の美しさの根源である「軒反り」に、日本ならではの「木の文化」の素晴らしさを見る。

薄化粧の日本美人

社寺建築は実用一点張りでは困ります。姿からして人の胸を打つようなものであってほしい。

それには、人間の目に尭っ先に飛び込んでくる軒の形が決め手になる。古の工人はそう考えたのです。

軒反りなどなくても実用上は別にどうということはありません。軒がまったくなかったら、雨の始末に困りますが、ある程度の深さの軒があれば用は足ります。

実用だけを考えるなら、わざわざ軒を反らせる必要はない。

しかも、軒反りを出すためには、面倒な計算もしなくてはならないし、木材を加工するのにも余分な苦労をしなくてはならない。

木を組んでいく時も複雑になる。それでも古の工人は軒反りにこだわったわけです。軒反りが美しいと思ったからです。そういう中で鋭い美的感覚も身につけていったのです。

軒を反らせる建て方は、元々は中国から入ってきたもので、中国のお寺の写真などを見ますと、あちらの軒も反っています。

気候風土の違いか、それとも歴史の違いか、文化の違いか、私の目には中国のお寺は軒の反り方が大き過ぎるように見えます。

何もそんなに威張らなくてもと言いたくなるほど、思い切って軒を跳ね上げているものもあります。

それに対して、日本の中世の軒は非常に繊細なカーブを描いています。

そして、軒反りが描く線も形も、まさにそれでなければならないと思いたくなるような姿ですっと伸びている。そこには無駄な飾りはありません。

押しつけがましい自己主張もない。それは日本的美のひとつの形でもあります。

近世に入ってからは、日光東照宮に代表されるような、過剰な装飾に走る建築物が目につくようになります。

東照宮は東照宮で歴史的価値のある建物だとは思いますが、私に言わせてもらえば、建物本来の美しさから逸脱した、一時化粧のおばさんにしか見えません。

建物本来の美しさではなく、ごてごてとした細工でごまかしているように感じます。

中世の美的感覚、が近世に入って失われてしまったのは、残念だとしか言いようがありませんね。

世界最高水準の木造建築

中世の日本の建物は、技術から見ても、美的感覚から見ても、世界のどこの国にも負けない世界最高水準の木造建築だと思います。

ところで、尾道の浄土寺本堂を建てた大工はどこの大工だったかと言うと、これが東大寺大工だったのです。

昔の建物には、それを建てた大工の名前を書いた札が残されていることが多い。

大工の名前を書いた板を棟に打ちつけてあるのです。この板のことを「棟札」と言いますが、浄土寺の棟札には東大寺大工の名前が書いてある。

東大寺専属の大工だったのでしょうね。東大寺大工の藤原友園、藤原因貞という人物です。

藤原という姓を許されていたのですから、立派な大工だったのでしょうが、この二人がどういう大工だったのか、なぜ、奈良から尾道に来たのかなどということは、詳しい記録がないので、よくわかりません。

とにかくあの無骨な東大寺を建てた大工が尾道に来たら、東大寺とは打って変わった雰囲気の建物を造った。

東大寺は後白河法皇の院宣で再建工事が行なわれたのですから、まさに国家的な事業だったわけです。

いろいろと堅苦しいこともあったでしょう。東大寺で採用された天竺様そのものも、その後あまり普及しなかった。

当時の日本人は中国の影響を強く受けていた天竺様にはどこか違和感を感じていたんだと思います。

確かに力強さを感じさせる建物ではあります。しかし、あまりに力や壮大さを強調されると、ちょっとへきえきする。

そんなふうに感じたのでしょうか。それで天竺様はあまり好まれなかったのだと思います。

尾道にやってきた二人の東大寺大工も、実は、東大寺で仕事をしていた頃から、もう少し女性的なやさしさを備えた建物を造りたいと思っていたのでしょう。

そして、奈良から遠く離れた尾道に来て、ようやく伸び伸びと仕事をすることができたのではないでしょうか。

尾道には瀬戸内の明るい太陽があり、お上の規制も少ない。二人はそういう中で自由に発想しながら、日本的な美を備えた浄土寺本堂を建てたのです。

完成した浄土寺本堂を見て、中世の瀬戸内の人々も、きっと「そうなのだ。寺社とはこういう姿であってほしいのだ」と領いたはずです。

浄土寺本堂の姿は、大陸から輸入されたものでもなければ、過剰に力を感じさせるようなものでもなかった。

まさに当時の日本人の大多数の胸に訴えるものがあった。程のよい装飾と芯の強さ。その二つを蜘ね備えています。

だから、薄化粧の日本美人を連想してしまうわけです。

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