【異常気象と地震】人間の果てしなき欲望が自然の猛威と反撃の引き金となる

シェアする

札幌の自然食品店「まほろば」主人 宮下周平 連載コラム

世の終わりか、始まりか?

「あぁ、これは東京! 東京の近未来図では?」

それは、チェルノブイリのビル街が、鬱蒼と森林化して埋没した写真だった。

8月5日、大阪の造園家・甲田貴也(たかや)氏の1年7か月にわたる53か国探訪の講演会「世界を旅しながら、日本を考えた580日。」の最後の一葉だった。

3・11で世界旅立ちの志を立て、最後は30年後のチェルノブイリへとその結語を問われた。

私は、そのスライドを見せられた時、瞬時に東京が二重写(オーバーラップ)になった。

それは、世界の終わりのような寂寥感(せきりょうかん)、荒涼たる沈黙が久遠(くおん)に続いたかのよう…………。

かつて、栄華を誇った四大文明が、この世から忽然と消えたように、いずれ形あるものは崩壊する。

それが、世の習いだ。自然の摂理である。人は、その覚悟が要るのだ。

震災後、福島原発付近を通った時、人影のない田舎が荒れ放題になった光景にも、これほど深刻な感慨は抱かなかった。

だが、都市全体が森林化する現実を目の当たりに見て、紛れもなく「これは、明日の東京」と、衝撃が奔(はし)った。

それは、日本の終わり、世界の終焉さえも想起(イメージ)させた。

同時に、人も住めない高濃度の放射能の中に、屹立(きつりつ)する木々の噎(む)せ返るような強烈な生命力、大地の蘇生力に、只々驚嘆せざるを得なかった。

変わり果てた建屋のすぐ傍(そば)でも、木や雑草は鬱蒼として勢いよく生い茂っていた。

猪も狸も里に下りて繁殖するに夥(おびただ)しく、家畜は野獣化して田畑(でんぱた)は荒らされ、軈(やが)て原野に恢復(かえ)って行った。

植物も動物も逞しい。大いなるかな、大地の自浄作用!!

人は人の手に依った文明にて自らを滅ぼすも、自然は悠然として生き続け、何事も無かったかのように生き残るであろう。

農に仕えて

営農3年目。年々、天候は厳しく、不順になるばかりだ。

今年は、殊(こと)に酷(ひど)い。何処も彼処(かしこ)も、減収3、4割必至、絶不調で作物のみならず、農家はみな萎(しお)れている。

それもそのはず、異常な長雨・大雨、そして灼熱、そして台風。

道内では、この8月だけでも例年の3・6倍の降雨量、1/2の日照時間。これで、真面(まとも)に作物が育つ訳がない。

昨日も、仁木JA(のうきょう)に寄ると、漸く2、3日前からトマトが色づき始めた、と嘆いていた人がいた。

ことに、果物農家の影響被害は甚だしく、葡萄(ぶどう)も林檎(りんご)も品質と収量はこれまでの最悪と諦めている。

気象庁発表の、日本の気候変動で最も著しいことのトップに、北海道の梅雨の定着を挙げている。

最早「蝦夷梅雨(えぞつゆ)」どころではない。

子供の頃のカラッとした天高き碧空(あおぞら)の夏休みは、もう望むべくもない。

農業にとって、特に無農薬では、このジメジメした湿気は、最大の致命傷で、大敵(たいてき)だ。

しかし、ここ農園では、遅ればせながら0―1テストの肥料投与と除草と剪定などの管理が効いたのか、それなりに収穫できて、畑も作物も辛うじて踏み留まっている。

恐怖の一夜を過ごして

今日も、25年ぶりの脅威の台風21号の上陸に、猛烈な風音(かざおと)に怯えつつ、畑の作物やハウスの倒壊を気にしながら、この原稿を書いている。

外は、凄まじい轟音で嵐が荒れ狂う。一晩中眠られない。停電で光も無い。

「ヴォー、ヴォー!!」と地鳴りのように、刹那も鳴り止まず、地面を駆け抜ける。

「ヒュー、ヒュー!!」と渦巻く突風は、空間を切り裂くようだ。

この築73年の古家の窓の隙間から風が突き抜け、内ドアをバンバン叩くのだ。

玄関前の栗の大木が揺れる様は、暗がりの中で不気味だ。

外に出ようとしても強風に押されて、前に進めない。風速40m以上はあろうか。

物が飛んで来て散乱している。古い納屋の板戸2枚、上から落ちて開きっ放し、庫内で風が舞う。

木々も草々も大揺れに揺れる影が恐ろしい。家族揃って眠られず、不安の一夜を明かした。

朝方畑を見に行くと、トマトハウスのビニールが剥(は)がれ、隣の三つ葉の上に懸(か)けられた寒冷紗が破れ、隠元のアーチも豆諸共(もろとも)倒れてしまった。

だが、この強風の中、作物はよく耐え忍んだ。

あれほど荒れ狂う風に煽(あお)られたにも拘(かかわ)らず、支柱がなく、細紐にクリップ2個のみで自らを支えている重たいトマトが生き残ったのだ(随分と青トマトが落下して九段からの上枝はほとんど折れたが)。

この細くも弱い茎が、どうして折れて倒れないで居られるのか!!!

今年、異常に実を付けて豊作を期待していた栗は、かなり落ちた。

あの2個だけ残った幼木のリンゴ、マッカムも落ちてしまった。自然は、思ったようにさせてはくれない。

日本に転じると

多発する台風襲来、かつてなき異常な経路。

40度を超える真夏日。頻発する地震。関西、西日本の地震被害は3・11以降続く。

東日本以上の、東海・東南海・南海連動型の予測は、この30年以内にM(マグニチュード)8~9以上最大9・1、80%以上の確立で発生するXデーも近いという。

関東以西の広範囲に起こり得る中、避難するもしきれぬまま、どれほどの人々が、家々が災波に呑み込まれるのだろうか。

死者は32万人以上(東日本は2万人)とも、家は240万棟の建物が全壊や焼失するとも言われている。

20年にわたる被害総額が1410兆円で、首都直下型地震778兆円の2倍、年間の国家予算の14倍。

それでなくても税収40兆円、予算100兆円を国債で賄(まかな)っている日本にとって、これは最大最悪の「国難」である。

この後、国家消滅するほどの未曽有の大苦境が待っている。

道路や港、交通インフラの破壊と寸断、工場などの生産施設の火災や倒壊、仮設住宅の建設ラッシュなどなど、長期に渡り国民所得の激減、生活水準の凋落、最貧国に堕ちる日本の未来は全くと言っていいほど闇(くら)い。

今、世界も異常気象に

さて、この異常気象は、日本に限ったことではない。世界では、もっと苛烈なる自然災害が頻発しているのだ。

今年に入り、世界各地の信じられないニュースが飛び込んで来た。

1月、北米を襲った「爆弾サイクロン」。

ミネソタ州インターナショナル・フォールドで北極並みのマイナス38度、史上最低の気温を記録した。

又この6月、地球での「観測史上の最低気温、マイナス97・8℃が南極において更新されたのだ。

数回呼吸するだけで肺出血を起こし、死に至るレベルである、と。

まさに火星より寒い「氷河期」が到来したのか!!

一方、逆に「温暖化」とされる、NASAが公開した衛星映像だ。

北極海の氷で覆われた面積は、1984年9月には、718、000平方マイル(186万平方キロメートル)あったものが、2016年9月には42、000平方マイル(11万平方キロメートル)まで減少した。

実に、30年間で1/19の激減である。言うまでもなく先進国の放つ温室効果ガスがここまで猛威を振るっているのだ。

グリーンランド内陸の氷床(イルリサット氷河)の流出量が10年間で約2・5倍、陸氷は10㎝の海面上昇を引き起こして水没させる地域を生み出す。

しかも急激な温度上昇を齎(もたら)せて調整が効かず、赤道付近は今世紀末まで50~60度を超え、人が住めなくなるという。

かかる凄まじい自然や気象の急速な変化の陰に、必ず人間が潜む。

いわば、人間の果てしなき欲望が、自然の猛威と反撃の引き金となっているのだ。

年々拍車を加える予測かなわざる異常気象は、何を意味しているのだろうか。

これは、日本ばかりでない、地球全体がこれまでの、人にとっての平穏期を過ぎ、新たなる混沌期へと移行した。

飽くことなく豊かさを求めて来た現代文明。だが、そこは決してバラ色ではなかった。

嵐のあとさき

50年前、学生運動盛んなりし頃、数学者・岡潔先生が、「日本民族の滅亡だけは、何としても止めたい!」との本願を立て、次々と本を著し、東奔西走されて国中に我を忘れて大獅子吼された。

私も友と共に 古事記に在る「葦牙(あしかび)のごと萌えあがる」に拠る 「葦牙会」に、昭和維新を志して尽力した。

だが、先生のご本意を余所(よそ)に、世は坂道を転げるように転び、救い難き所まで来た。

もう世も末、見るに堪えなく、語るに甲斐なし。諦める他、手の施しようがない。

将に、万事休す。救いようがない。何を以てしても、世を変え難い。

とうとう刀折れ矢尽き、「日本は、滅びた!」とばかりに、あの世に早々として身罷(みまか)られた。

人類滅亡の「死の前夜」を覚悟して、皆何事も空しきを知った。

あれから、半世紀。今の世を、師が見られたら、何と仰るか。万感胸に、無言で涙されるであろう。

そして、昨日の嵐の夜を迎えたのだった。

希望の朝

眥(まんじり)ともせず、轟音の一夜を過ごした朝。

静かなる虹のかかった空を迎え、畑が緑に輝き始めたのを見た。

その時、再びと太陽が昇った!

そこには、『希望』という字が書かれてあった。

「どんな夜も、いつかは明ける!」

そこに、あの暴風雨に晒(さら)されながら、必死にも一本の糸に縋(すが)りながら生き残ったトマト。

水を浴びて朝日にキラキラ煌(きら)めいている誇らし気なトマト。しばし、呆然と立ち尽くした。

「何て、凄い奴らなんだ!」

「何て、健気な心意気なんだ!!」

と声を挙(あ)げずには、居られなかった。

毎日毎日、極々当たり前に作物が育っていること、収穫できることは、当たり前のことではなかったのだ。実は奇跡だったのだ。

細い枝や無数の根っ子に支えられている作物に、我々が育てられている。

我々が育てているのではなく、育てて貰っていたのだ。

その作物が、どんなにか懸命に頑張っているか。どんなにか必死に根を張り、枝を伸ばし、実を付けようとしているのか。

人以上に作物は、昼夜を分かたず、母親のようにイノチを命がけで育てていた。

そのお陰で、私たち子らは、活きて来られたのだ。

今、この時、気付いた。すべてが、地の底から沸き起こるイノチ達の賛歌だったことを。

ありがたくも、厳しく優しい台風一過であった。

この苛酷な一日で、一年を支えているような、いや一年が一日に凝縮していた。

すべてが、声なき声で、姿なき姿の説法であった。

世の終わりと言わず、「いつも、世の初め、事の始まり」と、言おう!!!

(補稿)突然の地震

この文を脱稿したのが、9月6日(木)の深夜零(れい)時過ぎ。

7日(金)からは9月の売り出し感謝デーが始まる。

原稿を編集部に送り、半日で校正し、7日早朝までに印刷、そして帳合(ちょうあい)して朝10時開店と共に配布。そんな綱渡りの毎月。

仮眠をとろうとしばし寝付いた時、その3時間後、突如スマホから緊急地震速報。

家の前の町内スピーカーからは、けたたましくサイレンの音と共に、「緊急通報!只今地震が発生、地震が発生!!」目を覚ますと、ひどい揺れに、「あぁ!南海トラフの巨大(メガ)地震(クエイク)か!! ついに、ここまで来たか」と思った。

今点いたはずの電灯もパソコンも消えた。幾分してから、胆振(いぶり)地方が発生源と知る。

「山を移す」という古語があるが、後に知った厚真町の全貌の山々が崩壊している惨状は、世界の奇郷のようだ。

5時半頃、大橋店長から電話が入る。「こういう時にこそ、店を開くべき」と決断。

全道停電、店の冷蔵冷凍庫、レジやパソコンがストップ。売り出し用に大量仕入れした商品がダメになる。

彼の俊敏な判断で即、早朝開店のホームセンターに発電機を買いに走る。

借りたものと含め発電機を動かし繋ぐ。どうにか間に合わせたが、厚別店が対処できない。

冷凍ものなどALL割引して売り捌くことになった。まほろばたよりも、印刷・帳合機が動かない。

JRが不通。新千歳も閉鎖。ガソリンスタンドもストップ。島田編集長も、北広島からガソリンが少なく車でも来られない。新聞たより編集・印刷は断念。

7日早朝、電気は西野の一部と仁木は復旧、厚別はまだ。この混乱の中、お客様は来られる方、来られない方様々に分かれ、遠方からの方もいらっしゃるだろう。

急遽、このまま実施し、さらに来週14、15、16日にも実施することに決定。

兎に角、この場を、何とか切り抜けなければならない。

台風一過、地震到来。二日連続しての遭難。滅多にあるものではない。

この安全と言われた北海道でさえ、観測史上初のM7。予想だにしなかったことだ。こんな事が起こり得る。これから何処でも何時でも、広い範囲で起こるだろう。

だが、全道全域停電というかつてない「blackout(ブラックアウト)」なる事態に遭遇して、誰もが気付いたことは、如何に現代は、電気というエネルギーに支えられているかということだ。

電気なしには、何も出来ない、何も始まらないという現実を、目の当たりに見届けたのだ。

一つ一つの事々が電気によって作動し、持続し、結果する命綱(ライフライン)。究極、現代文明は電気という王様に支配されていた!!

そして、水。

断水することで、飲用は無論、トイレ事情が一変する。一瞬にして使えなくなるのだ。

自然の生理に、人は我慢出来ない。その後は、言わずもがな、大変な事態が都会で起きるだろう。長引けば、凄まじい混乱が予測される。

暗闇の福音

漆黒の闇。無音の時………。

この人生初めての経験。

周りは、一灯も点らず、一音も聴こえず。

深い暗さと、長い時は、かつてない神秘の扉を開いた。

これを老子曰く、「玄妙の門」と謂う。

玄(くろ)の中に、妙なる門を開く道が在る、と。

さまざまな論議も、目眩(めくるめ)く不安も、掻き消され、その時、大安心の懐を知った。この静寂の場が、「懐かしい!!」この事か!! と気付かされた。

人生七十年、初めて知る静けさだった。

理屈ではない。

天地と人が一体になる暗さが、答えなのだ。

一心になれる無音が、覚(めざ)めだったのだ。

これは読んでも分からず、求めても来たらず。

期せずして与えられたこの時、この一瞬だった。

ここに、人類の戻るべき道が、あったのではないか。

正に、この度の天災は、気付くべき天機であり、戻るべき転機だったのだ。

「ブラックアウト」を知ってこそ、「ホワイトイン」なる光明への道に入れるのだ。

それは、身近なところから、ささやかな足元からの出発。

発電の代替を求めるのではなく、極力、電気を使わない生活の工夫。簡単便利の生活から、手仕事・立ち仕事の生活へ。

頭脳労働の偏重から、肉体労働との調和(バランス)へ。

難しい論議も、虚しい説法も要らない、この至って簡単な論理、単純な実践。

文明生活をしばし離れる一時こそ、幸せへの道の第一歩が始まるような気がしてならない。

その工夫こそ、努力こそ、誰もが出来るこれからの課題があるのではなかろうか。

きっと面白い! 楽しい!! 愉快だ!!! となること、請(う)け合いなのだ。

田舎暮らしは不便、不便と思っていたが、この不便がお宝だった。

トイレは札幌の自宅のような水洗でない「ぼっとんトイレ」。だから電気も水も心配無し。

煮炊きは、薪やガス。電磁調理器ではないから、ごはんのお焦(こ)げが、懐かしくも旨い!

井戸から水も、畑に野菜。果物は、お隣さんから貰えて、採り立て野菜で隣に返す。

そこでニッコリ、近所の付き合い深く、村との絆が強く。「隣は何をする人ぞ」なるほど、合点!!

余市の川や海辺があるから、魚釣りに出かけ、買っても新鮮!!

スーパーも無いから、出費も少ない。身形(みなり)も気にしない、気にしない。

格好付けて、誰が見るの?

兎に角、外で、誰に気兼ねなく、おシッコ出来るのが最高!子供の気分!!

その内、「テレビも無(ね)ェ、パソコン無ェ、映画も無ェ、ある訳無ェ、俺(お)らの村には電気が無ェ!!」と幾三(いくぞう)ラップソングで鼻歌唄う。

当分どころか、最期の最後まで生きて行けそう。

便利は却(かえ)って辛いよ、苦労はなかなか楽しいヨ!!って。

ところで、今まで長々と書いた世界や日本の悲愴感は、何処に行ったの?

「世界は、終わるんでなかったの??」

「いやいや、これから始まるんです…」

開いた口が塞がらない。呆(あき)れた私であった。

台風と地震が、耳元でソット教えてくれた生き方の秘訣、本日公開してしまいました!!

お・わ・・り・・・!!!

【こちらもオススメ】

自ら畑に出て、作り、そして届ける事で知るイノチある中継ぎ【失敗と馬鹿の狭間で】

植物は思考する【MOTHER TREE 母なる大樹】

植物、生物、万物は大地から産まれ大地に眠る【自然と向き合うこと】

宮下周平

1950年、北海道恵庭市生まれ。札幌南高校卒業後、各地に師を訪ね、求道遍歴を続ける。1983年、札幌に自然食品の店「まほろば」を創業。

自然食品店「まほろば」WEBサイト:http://www.mahoroba-jp.net/

無農薬野菜を栽培する自然農園を持ち、セラミック工房を設け、オーガニックカフェとパンエ房も併設。

世界の権威を驚愕させた浄水器「エリクサー」を開発し、その水から世界初の微生物由来の新凝乳酵素を発見。

産学官共同研究により国際特許を取得する。0-1テストを使って多方面にわたる独自の商品開発を続ける。

現在、余市郡仁木町に居を移し、営農に励む毎日。

著書に『倭詩』『續 倭詩』がある。