札幌の自然食品店「まほろば」主人 宮下周平 連載コラム
うだる暑さ
あの豪雨の前後、今年、夏は来ないものと諦めていた。
だが、忽然として猛暑が2、3日前から襲い掛かった。
これが30度越えか、内地の人は、40度をどうやって生き抜いているんだろう………。
この農繁期に、折り重なって浄活水器エリクサーのセラミック作り。今、どうしても着手しなければならなかった。在庫が無いのだ。
今冬からオーダーが入っていたが、雪の中ではどうにもならない。
農作業の合間合間に造粒して、漸く焼成に入ることが出来たのは、この夏場からだ。
時間を気にしながらの工程。最後の詰め。最高温度に達するまでは、場を外(はず)されず。真夜中になること幾日も続く。
ところが、電気炉の温度が中々上がらない。どうした?
どう調整しても、下がって行く。これには、参ってしまった。夜中、問い合わせも出来ない。
昼間でも、この仁木ではなかなか。それを、何日か重ねるもダメ、とうとう断念せざるを得なかった。諦めた。
原因は、一部熱線が切れたらしい。20年来、初めてのトラブルだ。やり直しが効かない。
素材作りには、1年以上費やすから、すぐには出来ない。すべて、一発勝負なのだ。
失敗の女神
これで調子が狂った。そのまま畑で日中、炎天下に晒(さら)される。
どうも、ボォーとして、体の芯が動かない。年寄りの徹夜は、後々ボディブローのように響く。それでなくても、この酷暑の中、意識が朦朧(もうろう)となって来る。
焼成炉の蓋が開(あ)くまで、セラミックがどうなったか心配でならない。
錘(おもり)が胸に下がったまま。温度の冷めるまで待つ事三日。漸く窯の蓋を開く。
度重なる温度の昇降で溶けてダメになっていないか。
沈痛な面持(おもも)ちで開くと、何とこの20年間見たこともないバイオレットの色鮮やかなセラミックが目に飛び込んで来た。美しい!しかも0―1テストではバッチリ。
この偶然が齎(もたら)せた、不思議な発見。その時、微妙な温度設定の天啓が下ったのだ。
還元と酸化の織り成す新しい焼成法に胸が高鳴った。
ノーベル化学賞の白川博士や田中さんが、間違えた1000倍濃度の実験や、誤った試料の混入が、大発見に繋がった話題も耳新しい。
これを、セレンディピティ(serendipity )、ふとした偶然が、予想外の発見で、幸運をつかみ取るということらしい。なるほど。
失敗の女神が微笑んだ。そして、それは二度も。
今回、造粒法でも新たなる気づきが、それだ。畑作業の合間を縫って、機械にじっと付いて見られないことが幸いした。
造粒を忘れてしまうこと屡々(しばしば)なのだ。この放っておくことで、却(かえ)って水分を飛ばして締まり、自然に円く成形される。
数時間で出来ることが、何日もかかってしまったのだが、答えはそこに待っていた。
銘菓「金平糖」製造も、そうらしい。これが、指導されたことでは中々習得できなかった、偶然の産物であった。
援農の日
7月25日、従業員の夏の慰安会。
今回は、援農が加わって、3年連続の仁木農園、来訪であった。
折角の骨休みに、日照りの畑仕事なんて、嫌ではなかったのだろうか、気の毒に。
だが、総勢40名ほどが、大挙駆けつけてくれた。聞けば、援農だから、みな来たかったのだという。毎日毎日、野菜の顔を見てて飽きないのかなー。
古参の藤原さん外山さんなどは、都会のレストランの奇麗処(きれいどころ)がとても似合う人だが、「援農だったら、行きたい!」と初めての畑仕事に、むしろ前向きだったと聞いてビックリ、嬉しかった。
皆、援農よろしく初めからすっかり畑着スタイルで、ヤル気満々。男女、二手に分かれて、男性は果菜類の杭(くい)打(う)ちとロープ張り、女性は人参の草抜き。
僅か、1時間半の野良仕事であったが、こちら2、3人の仕事ならば1週間はかかるであろうことが、人海はあっと言う間に形を成した。
そのみんなの一心不乱に打ち込む姿を見て、胸がジーンと熱く一杯になった。
その時、「あぁ、この畑は、みんなと一緒に回しているのだ」と、アリアリと実景が目に飛び込んで来た。
トマトも胡瓜も隠元も、ここだけで成っているのでない。毎日、遠く離れているも、皆の手足が動いて、これを作り、これを運んでくれている。
日々、大量の出荷物を受け入れ、バックヤードで捌(さば)き、袋に詰め、店の棚に並べ、レジを打つ。
そして配送車に積んで家々に運ぶ。台所では、それを料理し、食卓に出し、そして口々に頬張(ほおば)り、血となり肉となる。
長い旅路を経て、野菜は、その使命(ミッション)を全うする。
一本の胡瓜、一個のトマトが、どれほど人々の手と手にバトンタッチされて一人の体内にゴールインするのか。
その一つ一つに込められた皆の想い。きっと、届いている!ありがたかった。
改めて知る、こんなに多くの愛情を受けて、ここの野菜たちは畑を巣立って行っていたのか。
イノチを伝える
右から左への商売でありたくなかった。
イノチある中継ぎをしたかった。それには、最後、経営者が自ら畑に出て、作り、そして届けることをしなければ。
他人任せでは、何処までも本物にならないと思ったのだ。仕入れて、売って幾らの儲(もう)けの明け暮れでは、血が通わぬ、心が伴わぬ。
実際、畑仕事して、一から十まで、一つ一つの作物が何でこんなに手間がかかるのか、手を掛けねばならぬのか、と身に染みて思われた。
ここで初めて、農家の人々の苦しみや悲しみが、僅かばかりでも理解出来たように思う。
旨い旨くない、高い安いと言って来た自分を恥じた。
買った、売ったでは、見えてこない生々しい生産の現場では、到底お金では代えられない労苦の大変さが、この老体の身を襲った。
辛い、シンドイ、こんなにまでしなくては出来ない。何ということだ。
生き物は、作物は、簡単に、ハイよ、ポイッと、出来るものなんか一つもなかったのだ。それぞれのイノチの対価に、とても値は付けらない。
あぁ、このイノチの現場に立たねば、その畑の熱き吐息を、吹きかけることは出来ない。
それは、目に見えなくとも、必ずお客様に伝わる、と。そんなイノチの行き交う、そんな商いがしたかった。
経営者が自ら手を下ろさなくても、人に任してもっとやるべきことがある、と思われるかもしれない。が、そこが違う。
何をさておいても自らが土に塗(まみ)れなかったら、その鼓動、大地の響きは伝わらぬ、野菜の血潮(ちしお)や健気(けなげ)さは届かぬと覚悟した。
人の作り物では、伝わり方、伝え方が違うのだ。この作物一個は、まほろばそのものの声でもあった。
馬鹿な商売
内幕を明かすと、実はこんな状況なのだ。
店で100円の定価の物を90円で農園から仕入れている。人件費やもろもろの経費が10円で、賄(まかな)えるはずもない。
何と馬鹿で阿呆(あほう)なやり繰(く)りをしているのか。誰が見ても信じられない商(あきな)いなのだ。
それでも、農園はまかたしていない。
でも、損得利害や理屈勘定では割り切れない切実な何かが、心の奥底から私を突き動かしているのだ。動かされているのだ。何だろう、これは。
よくぞ、その消息を知っていて、皆許してくれている。
だが、言わずとも、何が大事か、何を伝えたいかを知って、孜々(しし)として黙々として、今日も袋詰めし、お声をかけ、売り捌(さば)いている。
作物も健気だが、従業員も健気なのだ。皆、本当に真面目だ。直向(ひたむ)きに只管(ひたすら)に働いて、そこに無償の生き甲斐を感じている。
大橋店長の心の眼(まなこ)
大橋本店店長は、実家は大農家で、その営農の大変さを身を以て熟知して来た。
かつて離農せざるを得ないほど家族は死ぬ思いだった。だから、私共が畑に入ることを大反対して、今も反対している。
殊に老齢の我らの行く先々(さきざき)を思ってくれている。
だが、彼は、この已むに已まれぬ心情を理解して、間尺(ましゃく)に合わぬとも、最後は強く支えてくれている。
どんな事があろうとも、最後は応援してくれている。ありがたい。
これまでの30年以上、いろいろな苦節を共に経て来た。
嬉しいこともあったが、苦しい事、辛い事も言うに言えないほど沢山あった。しかし、どんなことがあっても、素直に付いて来てくれた。従ってくれた。
よく彼は言う。「僕は、飽き性で物事は長く続かない。でも、まほろばだからこそ、ここまで来れた。それは想定外のことの連続で、想定外でこれを乗り越えて来たからだ」と。
世間からは、トンデモ無い発想も行動も、最後は帳尻が合って来る不思議の連続だった。
それは、「まほろばマジック」と呼ばれているらしい。
理性では、考えられない経営方針も、必ず成るように成る、と信じている。
そのブレない理解の、彼の懐(ふところ)の深さ、度量の大きさ、類(たぐい)稀(まれ)なる人間力に感謝せねばならない。
経営者のいない日常での責任感、仕事量、采配(さいはい)力は誰がし出来ることではない。
その彼が、現場で全国道外道内の農家から仕入れし、手配し、売り捌(さば)く中で、まほろば農園の物が、どんな粗末なものでも、大事に扱い、大事に思っている心を、みんなに浸透させている。
それが、何より嬉しい。何が大切で、何を選び、何を目指しているかの経営哲学を、最もよく学びよく知り抜いてくれているからだ。
等しく深い理解と意識を持つ島田編集長や多くのスタッフと共に、皆が一丸となってまほろば全体を支えてくれている。
進めてくれている。もう、それだけでも、まほろばそのもののような気がしている。
失敗と馬鹿の狭間(はざま)で
この世に、失敗なんてナイのかもしれない。
いつも馬鹿でいて、楽なんでないカイ。
イイと思うことが悪かったり、良くないことが良かったり。
人生、分からないことだらけだ。
世の中、ままならないのが、そのままでイイのかもしれない。
失敗もバカも、紙一重で、「それで、イイのだ!!!」
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宮下周平
1950年、北海道恵庭市生まれ。札幌南高校卒業後、各地に師を訪ね、求道遍歴を続ける。1983年、札幌に自然食品の店「まほろば」を創業。
自然食品店「まほろば」WEBサイト:http://www.mahoroba-jp.net/
無農薬野菜を栽培する自然農園を持ち、セラミック工房を設け、オーガニックカフェとパンエ房も併設。
世界の権威を驚愕させた浄水器「エリクサー」を開発し、その水から世界初の微生物由来の新凝乳酵素を発見。
産学官共同研究により国際特許を取得する。0-1テストを使って多方面にわたる独自の商品開発を続ける。
現在、余市郡仁木町に居を移し、営農に励む毎日。