磯貝昌寛の正食医学【第118回】食養指導録 突発性後天性全身性無汗症
突発性後天性全身性無汗症
突発性後天性全身性無汗症という病気があります。自己免疫疾患のひとつに数えられる病気で、国の難病指定になっています。
今から8年前、この病気を患っている青年が和道に来ました。当時はまだ難病指定されていませんでした。
最近増えてきた病気なのです。病名の通り、突発的に、先天的でなく後天的に、全身から汗が出なくなる病気です。
難病指定されているくらいですから、原因も治療法も不明です。
難病指定されていなくても原因と治療法が不明な病気はたくさんあります。
夏は強い太陽光と外気温に熱せられて私たちの体は熱くなります。
熱くなった体は水分を求めて、汗をかいて体の中の熱を放散します。和道に来た青年も汗が出ませんから、夏は暑くて仕方ありません。
汗が出ないので、体の中の熱はどんどん上がってしまいます。クーラーの効いた部屋にいないと体はオーバーヒートしてしまいます。
しかし、一日中クーラーのきいた部屋で体を冷やし続けていると、汗腺もずっと眠ったままになってしまいます。
症状に対応することはできても、これでは改善することができません。
マクロビオティックによる望診はとてもシンプルです。全身から汗が出なくなってしまったのは、汗による放熱ができなくなってしまったわけですから、陽性と考えるのです。
拡散、放散、放熱というのは陰性な働きです。一方、集中、凝集、蓄熱というのは陽性な働きです。
汗がまったく出ず、体の中の熱を放散・放熱できないのは、極陽性ではないかと考えたのです。
突発性後天性全身性無汗症を陽性と考え、陰性な食を中心に進めていくと、彼も陰性な食がおいしく感じて調子もよくなっていきました。
パイナップルやキノコ類をとてもおいしく感じて毎日のように食べていました。
彼は3ヵ月間、和道に滞在したのですが、その中でも汗腺が開いて体がスーッと楽になる感じを得たというのが赤ワイン( オーガニック)だったのです。
高価なものだったので和道で出すのは出し渋っていたのですが( 笑)、体の良い反応が顕著だったので、治療だと思って毎日飲んでもらいました。
和道に滞在して一ヵ月ほど経った頃に半断食合宿があり、彼も参加しました。
その最中、突然彼の額から汗が出てきたのです。彼は驚きとともに喜びました。
一緒に半断食をしていた私たちも本当に嬉しかった。
半断食によって自然治癒力が高まったのだと思います。冬になり、過ごしやすくなっていくと、体を動かすことができるようになってきました。
その後、長靴を履いて外で作業をしている時に、足からも汗が出てきたのです。
汗が出てくると体は活性化してきます。極陽性の体から陰性な食をすることで、陽性な毒素が抜けていったのでしょう。半断食も排毒を強力に促したことだろうと思います。
体の中の強い陽性さが抜け、体が中庸に近づくにつれて、汗腺もどんどん開いてきたのではないでしょうか。
額、足と汗が出るようになると、次は背中から大量に汗が出るようになりました。もうこの時には彼は突発性後天性全身性無汗症を克服していました。
病気の原因
若い青年がなぜ突発性後天性全身性無汗症なる病気になってしまったのか?
彼と過ごした3ヵ月間、彼の食と生活、両親の食と生活、そして祖父母の食と生活を詳しく聞きました。
幼少期から青年期に発生する病気の多くが、本人の食と生活よりも祖父母の食と生活に大きな原因があるのではないかと思うのです。
この難病を発症した彼だけでなく、多くの子どもたちの病気を観てきて感じることのひとつです。
私たちの誰もが母の卵子と父の精子が結び合った受精卵から命が発生しています。
母の卵子は母の母、私たちから見れば母方の祖母が母をお腹に宿している時に造られます。
男性の精子は日々少しずつ造られていますが、女性の卵子は女性が生まれた時にすでに卵子の元になる組織を持って生まれてきます。
女性は母のお腹の中ですでに原始卵胞という卵子の元となるものが造られているのです。
この原始卵胞は妊娠第15週の時に最も多くなっているというのですから、妊娠期間の前半の母( 私たちから見ると祖母)の食と生活が命の基礎になっていると思うのです。
妊娠期間中、その時の食と生活だけではないでしょう。母なる女性が成長期に育まれた食と生活が命の基礎となっているのです。
私たちの命の基礎になっている卵子は、母方の祖母の食と生活がものすごく影響していることになります。
隔世遺伝という言葉ありますが、食養的に見ても大いにうなずけるのです。
孫は真子と言っても過言ではないかもしれません。
この突発性後天性全身性無汗症の母方の祖母の食と生活を詳しく聞くと、豚肉をよく食べていたといいます。
祖母は昭和初期の生まれなのですが、裕福な家で育ち、何不自由ない生活を送り、トンカツ、焼肉、生姜焼きなどが特に大好物だったといいます( 彼は豚肉の毒消しにパイナップル、キノコ、赤ワインを好んでいたと食養では考えています)。
オモシロイことに、彼は全身から汗をかけないのですが、唯一鼻からは少しばかり汗がかけたのです。これは豚と一緒です。「ヒトは食べ物のお化け」と桜沢如一はいいましたが、まさにそうです。豚をたくさん食べたら豚のようになるのです。
それも自分が食べたものではなく、祖母が食べたものが今の自分に反映しているわけですから、私たちは自分の命だけを生きているわけではないのです。
病気の原因を発生学的に見ていくと、祖母の生まれ育った食と生活に行きつくのですが、さらに大きく見れば社会全体の問題ということになります。
そして、私たちの今の食と生活が次世代・次々世代の命を大きく左右することは想像に難しくありません。
食を変えるということは未来を変えることでもあるのです。
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磯貝 昌寛(いそがい まさひろ)
1976年群馬県生まれ。
15歳で桜沢如一「永遠の少年」「宇宙の秩序」を読み、陰陽の物差しで生きることを決意。大学在学中から大森英桜の助手を務め、石田英湾に師事。
食養相談と食養講義に活躍。
「マクロビオティック和道」主宰、「穀菜食の店こくさいや」代表。