磯貝昌寛の正食医学【第121回】食養指導録 脳を鍛える
脳と一物全体
一年遅れで開催された昨年の東京パラリンピック。ゆっくり観戦するのは初めてのことでした。
自国開催ということで時差がなく、さらに公共放送でも放送してくれていたので時間がある時に観戦できました。
その中でも記録も記憶も飛び抜けているアスリートがいました。
ドイツ人のマルクス・レーム。走り幅跳びのパラリンピックの世界記録保持者です。
義足のジャンパーで、オリンピック選手の世界記録にも迫る8メートル62㎝という驚異的な記録です。
オリンピック選手の世界記録が8メートル95㎝ですから、レーム選手はオリンピックに出場してもメダルを争える実力を持っています。
義足がバネの働きをして公平ではないという考えもあり、オリンピック選手との競争はしていないのですが、レーム選手以外の世界の義足ジャンパーは6~7メートル台がほとんどですから、レーム選手が飛び抜けているのがわかります。
彼の脳を調べてみたら、これまた驚異的なことがわかったそうです。
一般的に人間の脳は右半身を動かす時は左脳だけ、左半身を動かす時は右脳だけが活性化します。
ところがレーム選手の脳をMRI( 磁気共鳴画像化装置)で調べると、義足の右足を動かす時に、右脳も左脳も両方の脳を使っていることがわかったのです。
私たちの脳は左脳と右脳に分かれています。
左脳と右脳はそれぞれに特有の働きがあるといわれています。
そして、左脳は右半身とつながり、右脳は左半身とつながっているといわれます。
脳梗塞などで左脳に障がいが出ると右半身の動きが不自由になります。
神経が首のところで交差しているというのです。
脳梗塞などで脳の神経に損傷が残り、腕や足などにマヒが残った人でも、リハビリを繰り返すことで手足が動かせるようになることがあります。
その時、脳の損傷していない部分がマヒした部分を動かすために活動しているといいます。
脳科学では「代償反応」と呼ばれます。
しかし、レーム選手のそれは、足に障害を負ったことがキッカケとなって無傷の脳に大きな変化をもたらしていたのです。
障害を負ったことだけでなく、そこから這い上がろうとするエネルギーによって脳が全体性を獲得したのではないかと思うのです。
これは遺伝子の働きでも同じようなことがいえます。
危機に遭遇すると私たちの遺伝子は部分的に働いていたのが全体性を獲得するというのです。
全ての細胞に分化できるという万能遺伝子は危機感によって活性化することが分かっています。
そのことを現実の世界で実証しているのが、パラリンピック選手であるマルクス・レームです。
そしてもうひとつ、脳には可塑性という働きがあります。
脳神経とそのネットワークは固定的でなく、環境に応じて変化する能力のことを可塑性といいます。
レーム選手は14歳の時にウェイクボードの練習中に事故で右足( 膝下)を切断してしまうのですが、その5年後の19歳の時に義足で走り幅跳びを始めます。
事故後から走り幅跳びを始めるまでも、再びウェイクボードやスケートボード、自転車などに挑戦していたようです。
右足を切断しても継続して運動をしていたことが、脳と体の機能を活性化させていたのでしょう。
運動による継続した刺激が脳の可塑性を最大限発揮し、ハンディから這い上がろうという危機感が脳の全体性を発揮させたと思うのです。
脳を鍛える
脳を鍛えるというと、机に向かう勉強が思い浮かびます。
もちろん、読み書きそろばん的な勉強も脳を鍛える上では大事なことです。
しかし、現代人には脳を鍛える上で、「読み書きそろばん」よりもずっと大事なこととして「歩く」ことと「胃腸を休める」ことがあると思うのです。
現代人は疲れています。
食養と断食の指導で多くの人と関わっていますが、腸疲労と脳疲労を抱えている人がいかに多いか。
最近のコロナの影響でも、心を病む人がものすごく増えています。
コロナ自粛が、萎縮に繋がり、心と体の閉塞感を強めているように感じます。
そのような状況下、私の道場ではウォーキングを中心とした食養合宿もしています。
朝から夕方までずっと歩き続ける合宿です。自分のペースで「ただ歩く」のです。
自分の体力に応じて歩けるところまで歩き続けます。
長い距離を一人で歩き続けるのは大変ですが、仲間と話しながら歩くのはなかなか楽しいものです。
ドイツには「よい道連れがいれば、どんな道も遠くない」という格言があるそうです。
私たちは身の回りに、自分のペースと同じくらいのペースで歩く仲間がきっといるはずです。
そんな仲間と、ただひたすら歩くのです。左右の足を順番に、一歩一歩踏み出していきます。
私たちの脳は左脳と右脳に分かれています。
左右の足を交互に一歩ずつ踏み出すことで、自然と左右の脳が活性化していきます。
自分のペースで歩くことが、脳への規則的な運動になっていきます。
神経細胞はある一定のリズム運動が好きなようです。
アスリートがルーティンと称して同じポーズや姿勢をとったりするのも、脳を活性化させています。
歩くことそのものがリズム運動であり、ルーティンといえます。
スポーツ選手が辛くても競技を進めていけるのは、快感があるからだと思います。
よい結果が出ると脳から快楽物質が出るといわれますが、日々の練習でも繰り返し行うことで、脳は自然とリズム運動になって活性化しているのです。
ウォーキング断食合宿にも様々な方が来ます。
ガンの人、脳に障がいを負った人、ダイエット目的の人、人間関係のストレスが溜まった人など、それぞれに様々な問題を抱えています。
どんな問題であっても、歩けるならば、ただ歩くことが、これほど問題解消に役立つのかと改めて驚いたのです。
体のことであれ、心のことであれ、ただひたすら歩くうちに問題を捉える私たちの心が変わってくるのです。
歩くことで私たちの陰陽が変化するのです。ウォーキング断食合宿ですから、ごく少食で臨みます。
歩いて臓器を活性化させるだけでなく、半断食で胃腸を休めます。胃腸が休まるとそれだけで体が軽くなりますが、断食を組み合わせることでさらに体が軽くなります。
昔の断食は、断食中にはあまり動かない、入浴しないなどの禁忌があったのですが、現代ではそれだと排毒と排泄が促せないと感じています。
現代人は運動不足で脳疲労を起こしていて、さらに動物食の過剰が代々続いている人が多いのです。
そんな人たちには断食中もよく動いたり歩いたりして、積極的に入浴をすることが必要なのです。
ウォーキング断食合宿では、できる限り徹底して歩きますから、それだけ胃腸も刺激されて、古く滞っている大便や細胞のアカも落とされていきます。
そして、不思議なことに、歩き続けていると、ある到達点に達するとランナーズハイならぬウォーカーズハイといったらいいのか、何とも言えない幸福感に包まれます。
脳の中の様々な快楽物資が歩き続けることで噴出してくると思うのです。
月刊マクロビオティック 2021年12月号より
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磯貝 昌寛(いそがい まさひろ)
1976年群馬県生まれ。
15歳で桜沢如一「永遠の少年」「宇宙の秩序」を読み、陰陽の物差しで生きることを決意。大学在学中から大森英桜の助手を務め、石田英湾に師事。
食養相談と食養講義に活躍。
「マクロビオティック和道」主宰、「穀菜食の店こくさいや」代表。