生命を救った「笑い」の持つ奇跡の力【ノーマン・カズンズ】

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船瀬俊介連載コラム

笑いの免疫学―笑いの「治療革命」最前線 船瀬俊介(著)より

第1章 道を拓いた偉大な二人ーーカズンズとアダムス

ノーマン・カズンズーーー「笑いの医療」のパイオニア

●平和を愛するジャーナリストが……

この名前は、心に刻んでおいたほうがよい。彼こそ「笑いの医療」のパイオニアなのだ。

一九一五年、アメリカ生れ。彼自身が、大変な病に冒され、医師から不治と死の宣告を受け、一時は絶望の淵で苦しんだ体験を持っている。そのを〝不治の難病〟から救ったものが「笑い」だった。

彼のもともとの職業は雑誌編集者だった。

『サタディ・レビュー』という書評雑誌の編集長として、同誌を全米有数の総合評論雑誌に育て上げた辣腕ジャーナリストでもあった。

第二次大戦中は反戦平和を唱え、戦後はケネディ大統領とソ連のフルシチョフ首相をつなぐパイプ役として奔走。

日本とも所縁がある。広島、長崎で原爆に被曝した若い女性二五人をアメリカに招き後遺症のケロイド治療を受けさせるために心血を注いだ。

日本でもその無偵の行為を称え「原爆乙女の父」と語り継いでいる。

目に浮かぶのは戦争を憎み、民族人種を超えた平和を愛する純粋なヒューマニストの横顔だ。

●五〇〇分の一〝治癒率〟の難病

その一人のジャーナリストが、いまや……「笑いの医療」の父……として、世界中の医学者から賞賛を浴びている。

まさに人生の機微とは、おもしろいもの。きっかけは彼が五〇歳のとき。

旧ソ連での仕事から帰国したカズンズは、異様な発熱と体の痛みに襲われた。

たちまち首、腕、手指が動かなくなった。

血沈は一一五と危篤状態と同じレベルにまで悪化。親友であった医者にかかると、重く下された病名は「強直性脊椎炎」……。

この病気は膠原病の一種で、いちど罹ると「五〇〇人に一人しか治らない」という恐怖の難病だった。

ついに寝返りどころか口も開けない重体に。専門医は「こんな全身症状からの回復例は見たことがない」と断言。

まさに、それは現代似学では不治の病であり、〝死の宣告〟に他ならない。彼は悲嘆のドン底に落ち込んでしまう。

セリエのストレス学説——不快な気持ちは心身に悪影響する

●否定的情緒が人体の化学作用に影響

絶望の暗闇にあった彼の心にふと一冊の本の名が浮んだ。『生命のストレス』……著者は、ストレス学説で打名なハンス・セリエ博士。

「そうだ!一〇年も前に読んだぞ」。

そこでは、こう述べていた。

「ーー不快な気持ち、マイナス感情を抱くことは、心身ともに悪影響をおよぼすーー」

なるほど、そうか。かれはロシア旅行中にディーゼルやジェット機排ガスに酷くやられたことが発病原因と気付いた。

「副腎が疲弊し、身体の抵抗力が低下したからだ」。

ならば「自分の副腎をもう一度、正しく機能させなければならない」セリエは「副腎の疲労が、欲求不満や抑さえ付けた怒りなどのような情緒的緊張によって起こり得る」と明快に示していた。

その著は「……不快なネガティブな情緒が人体の化学的作用にネガティブな効果を及ぼす」と記述していた。

さらにヒントはウォルター・B・キャノンが名著『身体の智恵』で存在を指摘した「ホメオスタシス」(生体恒常性)の力。

「自分の内分泌系……特に副腎……の完全な機能回復が重症の関節炎と戦うための絶対条件だ」。

●プラス感情で心身ともに好影響を!

セリエのストレス学説は光明となった。「では……その逆を行ったらどうなるだろう?」カズンズはふと考えた。

つまり「ーー快適な気持ち、プラス感情を抱けば、心身ともに好影響をおよぼすーーのでは!」。

つまり、「ネガティブな情緒が肉体のネガティブな化学反応を引き起こすのなら、積極的な情緒は、積極的な化学反応を引き起こすのではないか?」。

「愛や、希望や、信仰や、笑いや、信頼や、生への意欲、が治療的価値を持つことも有り得るのだろうか」(『笑いと治癒力』ノーマン・カズンズ著松田 銑訳、岩波現代文庫)

●一日三八錠……恐怖の薬漬けとオサラバ

その前に……とカズンズは気付いた。病院のベッドの上で、彼は薬漬けだった。鎮痛剤、睡眠薬、抗炎症剤……などなど。

彼は、当時のほとんどの薬に対して過敏性であった。にもかかわらず、一日投与量は、なんとアスピリンニ六錠、抗炎症剤一二錠……合計三八錠!

恐怖というか戦慄の薬漬け。全身にジンマシンができ「何百匹の赤蟻に皮膚を噛まれている」ように感じたのも当然。

西洋医学は昔も今も、まったく変わっていない。彼はまだジンマシン程度でよかった。現在の〝猛毒〟抗ガン剤漬けの治療では、毎年、日本だけで約二五万人もが副作用死しているのだから……。

「わたしの身体が鎮痛剤の薬漬けになり、その中毒を起こしているかぎり、(体内の)〝積極的〟な化学変化を期待できるはずがなかった」(前著)

〝前向き〟療法に入る前に、彼はこれら薬物(毒物)をスッパリやめた。

病室に映写機ーーお笑いフィルムで「笑い療法」スタート

●病室に映写機を入れ喜劇で大笑い「オーケー、レッツ・ゴー!」。平和運動家としての行動力が、ここでも役に立った。

「快適な気持ち、プラス感情」を持つのにベストの〝クスリ〟があった。

そうさ、「笑い」だ! 「まず手始めに滑稽な映画がよかろう」。

それからカズンズが取った行動は、奇想天外。まるで映画の一場面だ。

なんと、彼は、自分の病室に映写機を持ち込んで、喜劇映画を観ることに没頭したのである。

暗くした彼の病室からは映写機の回る音と、彼の腹の底からの大笑いが響いて来た。

友人の一人で、どっきりカメラ番組プロデューサーは〝傑作〟フィルムを送ってくれた。さらに喜劇『マルクス兄弟』……などなど。

西洋医学では、だれ一人思いつかなかった記念すべき「笑い療法」が、こうして始まった。「効果はてきめんだった……」彼は著書に記している。

「ありがたいことに一〇分間、腹を抱えて笑うと、少なくとも二時間は痛みを感じずに眠れる、という〝効能〟があった」まさに〝笑いの鎮痛効果〟を彼は体感したのだ。

「……鎖静効果が薄らいでくると、また映写機のスイッチを入れた。笑いに満たされると、しばらく痛みを感じずにいられることが多かった」

さらに看護婦は、色々集めてきたユーモア本を、枕元で読んでくれた。彼は吹き出し、体をゆすって大笑いした。

●ホテルに引っ越し、のんびり大満足

ただ一つ、「この〝笑い療法〟には、マイナスの副作用があった。それは、ほかの患者たちの邪魔になることだった」。

そこで、彼は病院を出てホテルに引っ越した。

「……ありがたいことに経費が病院の三分の一ばかりに減った。もう体を洗うとか、食事だとか、投薬だとか、ベッドのシーツの取替えだとか、検査だとか、病院のインターンの診察だとか言って、叩き起こされる心配がなくなった」とカズンズは大満足している。

これは現代の医療にも通じる痛烈な皮肉でもある。

「のんびり落ち着いていられる気分は実に素晴らしい。これが症状の好転を助けるのはまちがいない……」

現在でも「大病院に入院するのは殺されに行くようなもの」とある評論家は真顔で忠告した。

病院の目的は「病気を治さず」「長引かせ」「できるだけ稼ぐ」ところ……と気付けばうなづける。

病院脱出はカズンズの「笑い療法」の効果をさらに高めることとなった。

●「笑う」と「血沈」数値が改善……!

彼は好奇心と探求心の人でもあった。膠原病の診断基準に「血沈」がある。これは「血液沈降速度」の略。

つまり「試験管にとった血液中の赤血球が何ミリ下がる(沈降する)か」を測定するものだ。

膠原病では、この「血沈」が通常より早く沈降する。そこでカズンズは、自分の血液の沈降速度を測って見ることにした。

「笑いの療法」つまり滑稽な小噺しを聴いて笑った前と後での「血沈」の変化を観察したのだ。

その結果「……笑いの後では、いつも少なくとも五ポイント改善した。この数字自体は大きくはないが、改善は持続的であり、累積的だった」と後に述べている。

彼は〝不治の病〟が癒えていく手応えを得たのだろう。

もう一つーー。彼が「笑いの療法」とともに採用したのがビタミンCを大量にとる栄養療法。「笑い」が心の栄養なら「ビタミン」は体の栄養……と彼は実感していたようだ。

最初は一日一〇グラムを三~四時間かけて点滴注射した。最終的には二五グラムものビタミンCを投与した。

「これは大きな博打だ」。八日目、手の親指から痛みが消えた。血沈も急速に正常値に戻っていった。

後にリウマチ関節炎は血中ビタミンCが低水準となるので「大量摂取の必要がある」ことが判明。彼は博打に勝った。症状は急速に回復していった。

全快!医学部教授にーー「笑いの医学」の道を行く

●そして〝奇跡〟は次々に起こった

〝奇跡〟は徐々に姿をあらわしてきた。不治の病の影はしだいに消えてゆき、代わりに健康で溌刺とした身体が復活してきた。五〇〇分の一の賭けに勝ったのだ。

腹の底から笑うーーという前向きの生き方が、こうして医師も見放した難病を打ち負かしたのである。

「〝生きよう〟とする気持ちは、クスリのように体に『効果』をもたらす」と彼は後に述べている。

彼は、自らの生命を救った「笑い」の持つ奇跡の力に目覚めた。ほんらいジャーナリストの彼は、自らの「治癒の体験記録」を克明な論文にまとめた。

それは一九七六年、全米でもっとも権威ある医学専門雑誌『ニューイングランド医学誌』に掲載され、大反態を巻き起こすのだ。

彼は、そこでこう述べている。

「ーー『笑い』は、積極的・肯定的な気持ち、生への意欲をもつ、ということの一つの象徴と考えたい。そして、笑うだけでよい、というのではなく、理解ある医師との協力があってはじめて力が発揮される」

●ナントUCLA医学部教授に招聘

〝奇跡〟の連鎖は統く。この論文に対して世界十数か国の多くの医師たちから反響の嵐が押し奇せて来た。

なにしろ三〇〇通を超える手紙が彼のもとに届いたのだ。そして……この論文を高く評価したカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)はカズンズを医学部教授として招聘した。

彼が専攻した研究分野は「心と体」の関係を究める精神免疫学。

一介の編集者だった彼は、医学者としての新たな道を歩き始める。

なにしろ、それまでの近代西洋医学は人体を唯物論的に、機械論的に見て、具合の悪くなった臓器や組織を治療あるいは除去すればいい……といった考えが主流だった。

まるで自動車修理みたいに人体を考えていたのだ。

そこに「笑うことで病気が治る」という実践体験と具体的理論を提唱したノーマン・カズンズの提唱は、まさにコペルニクス的転換。

それは天動説に対するガリレオの地動説の登場に等しいものだった。

しかし、いまや「笑いの生理学」を否定する医学者はいない。本書で述べているような「笑い」の様々な効能について立証が続出しているからだ。

「笑い」の奇跡……その驚愕の知見が世界中で臨床的にも、解剖学的にも、生化学的にも、証明されている。

それは、つまるところ「生命を癒す」ものは、究極的に〝心〟である……という真理に到達するのだ。

「愛と、笑いと、希望と、信頼と、生への意欲……それらを尊重し、実践しなければならない……と信じてきた」(ノーマン・カズンズ)

笑いの免疫学―笑いの「治療革命」最前線 船瀬俊介(著)へ続く

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船瀬俊介 (ふなせ しゅんすけ)地球環境問題評論家

著作 『買ってはいけない!』シリーズ200万部ベストセラー 九州大学理学部を経て、早稲田大学社会学科を卒業後、日本消費者連盟に参加。

『消費者レポート』 などの編集等を担当する。また日米学生会議の日本代表として訪米、米消費者連盟(CU)と交流。

独立後は、医、食、住、環境、消費者問題を中心に執筆、講演活動を展開。

船瀬俊介公式ホームページ= http://funase.net/

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船瀬俊介が塾長をつとめる勉強会「船瀬塾」=  https://www.facebook.com/funase.juku

著書に「やってみました!1日1食」「抗がん剤で殺される」「三日食べなきゃ7割治る」「 ワクチンの罠」他、140冊以上。

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