Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!

陰陽論は東洋哲学・東洋思想の基礎をなすもの【マクロビオティック食養生】

シェアする

小澤博樹 連載コラム

マクロビオティック食養生とはなにか

当院で行なっているマクロビオティック食養生は東洋医学の「陰陽論」をベースにおいている。

それは、そもそもの手本とした桜沢如一(さくらざわゆきかず、おおさわにょいち、ジョージオーサワ)の玄米菜食、玄米正食が、陰陽論の上に成り立っているからである。

病気癒し(ここでいう「病気癒し」とは、薬品などの特殊なものを使わずに治すこと。

当院の治療の場合、玄米菜食が「病気癒し」にあたる)において、陰陽論を理解することは重要な鍵となっているので、ここで少し説明を加えよう。

陰陽論とはおどろおどろしい非科学的なもの、あるいはオカルト的なものであるというイメージをお持ちの方もあるかもしれない。

しかし、それは誤解だ。陰陽論は東洋哲学・東洋思想の基礎をなすもので、東洋医学、漢方、和方(現代医学以前の日本の医学)もその根底には陰陽論が存在する。

特に中国においては、陰陽論は中国人の世界観を規定する最も基本的な思想となっている。

漢文における「対句」や中国人がシンメトリック(対称的)な建築を好む傾向も、陰陽論に由来するという。また、太極拳や氣功も、陰陽論と切り離しては考えられない。

では陰陽とは何か。これは「氣」のもつ二つの側面を表したものである。

氣とは宇宙に充満する微細なエネルギーであると同時に、万物を形づくり、それらに生命力を与えるものである。

その結果あらゆるものが氣を有し、固有の振動あるいは波動を発しているが、これも氣である。

東洋医学は氣の医学であり、マクロビオティック食養生も乱れた人の氣を玄米菜食という食物が持つ氣によって調和し、病気を癒すものである。

その病人なり個人が有している(発している)氣がどのような状態にあるのかを認識、把握し、その乱れを修正しなければならない。

当院ではこれらを行うために氣(波動)を測定解析する装置PRA(Psychogalvanic Reflex Analyser=精神電流反射分析器、旧名称:QRS)を導入し、病気の診断治療にあたっている。

(コラム:「波動療法について」波動測定装置「ラジオニクス」参照)

気の概念は日本や中国だけに存在するのではない。インドではプラーナ、古代ギリシャではプネウマ、古代エジプトではアンク、ポリネシアではマナ、英米ではサトル・エネルギー、アフリカのバントゥー族はウントゥーなどと呼んでいる。

また、氣のことを電磁波エネルギーとかライフフィールドと呼ぶ科学者もいる。

陰の氣は静、軽、柔、冷、暗などを、陽の氣は動、重、剛、熱、明などを属性としている。

この世に存在する全てのものは、熱さと冷たさ、重さと軽さ、硬さと柔らかさなど、相対立し、同時に相補し、変化しながら成り立っている。

その対立し、相補する二つの性質、または要素の事を陰と陽と称している。

先の桜沢如一は、「宇宙万物は、陰陽より成る」と説き、その原理を「宇宙の秩序・七つの法則」と「無限宇宙十二の定理」として整理した。

[無限宇宙十二の定理]

定理① 陰陽を生ずるものは実有である。――実有とは、太極、無極、空、虚空、無限、絶対、永遠、宗教的には神と呼ばれ、宇宙万物の本質である。つまり太極から陰陽が分かれ、これを分極作用、分極化と呼ぶ。

定理② 陰陽は実有より不断に派生し、分極し、相関往来し、栄盛し、不断に実有に帰入消滅する。太極からは常に陰陽が分極発生し、相互に関係しながら変化し、栄えそして衰えながら、また常に太極へ戻っていく。

定理③ 陽は求心、圧縮の性を有し、おのおの、自然の結果として熱、光、重さなどという現象に現れる。陰の拡散力は寒、暗、軽さなど、という現象においてみられる。

定理④ 陽は陰を、陰は陽を互いに索引する――身近な例としては、磁石のN極とS極、あるいは通常の男女関係のように性質の異なるもの同士が引きつけ合う現象のこと。

定理⑤ 森羅万象はあらゆる比例において陰陽を荷帯せる実有太極の、複雑にして無数なる微分子の集合体なり。

――我々が宇宙と呼んでいるもの、また実はこの太極の一に過ぎない。太陽や地球などが存在するこの銀河宇宙も太極からすれば、ほんの小さなゴミの集合体のようなものに過ぎない。

定理⑥ 森羅万象は、単に種々なる程度の動的均衝を示す陰陽の集合体なり。一物といえども、不動、もしくは安定するなし。

全ては不断永劫の変化、運動にあり。なんとなれば、太極実有の分極作用、すなわち森羅万象の根元が、無始、無休、無終なるが為なり。

――すべてのものは常に変化を繰り返しており、変化しないものなどない。その理由は森羅万象の根元が始まりも終わりもなく、常に太極から陰陽を生じ、また太極へと戻るという繰り返しだからである。

定理⑦ 絶対的陰、もしくは絶対的陽なる事物は存在せず。陰といい、陽というのは、相対的なり。全ては陰陽の集合なり。――この世のもので絶対的な陰や陽はなく、全て相対的で陰陽が集合したものからできている。

定理⑧ 一物も中性なるものもなし。必ず陰または陽にあり。分極作用、疑集作用が働いているからである。

定理⑨ 森羅万象相互間の引力は、各対者間の異性(陰陽)量の差に比例する。

――全てのものに働く引力は陰陽の差に比例する。陰と陽の差が大きければ大きい程、引力は大きなものとなる。

定理⑩ 同名の性は相排斥す。同性の二物の排斥力は、その差に逆比例す。

――陰と陰、陽と陽は、それぞれ反発しあう。大きな陰と、大きな陰との間の反発力は強いが、大きな陰と小さな陰との間の反発力は弱い。

定理⑪ 陰極まりて陽生じ、陽極まりて陰生ず。

――陰性が極限まで強くなると、陽性へと転換する。季節を例にとると、陽性の極致である盛夏(土用)を過ぎると陰性の冬に向かっていく。

水と氷をその形状で比較すると、柔らかい水は陰だが、氷は硬いから陽である。これは陰の形の水が極まって、氷という陽の形をとったのである。
 
定理⑫ 万物その内奥に陽を荷帯し、外側に陰を荷帯する。

――全てのものは、中心に陽があり、そのまわりに陰が取り囲んでいる。果物を例にとれば、中心に陽性の種があり、そのまわりを陰性の甘く柔らかな果肉が取り囲んでいる。

陰と陽は、その性質上は対立するものであるが、敵対するものではなく、互いに引き合い補い合っている。

原子核(陽)を中心に、電子(陰)がそのまわりを回転している原子構造のようなミクロの世界から、太陽(陽)を中心に、惑星(陰)が公転する太陽系システムのようなマクロの世界に至るまで、また季節でいえば、春夏は陽性、秋冬は陰性でこの陰陽が一年を成立させている。

熱帯地域であれば、乾期は陽、雨期は陰となり、一年を成している。この様に全てのものは陰陽の法則から成り立っている。

[宇宙の秩序七つの法則]

始めあるものに、終わりあり(あべこべの原則)

これはこの世の相対界、有限世界についていえることである。人間の肉体の生死、文明の発生と崩壊などがその例である。

表あれば裏あり(裏表の原則)

 この世に一物として同一なるものなし(無同一性の原則)

 表大なれば裏も大なり(釣り合いの原則)

 変化(運動、調和、均衝、死生)は全て宇宙の二大対立エネルギーの結びで、またはその分化である。

 絶対、無限、永遠、唯一なるものは、こつの相反する陰陽を生む。

 全ての変化するものは絶対変化しないものの産物である。

要するに陰陽論とは、日常から遠く離れた観念論ではなく、身のまわりにある全てのものや現象の背景にある法則を抽出したものである。

そしてこの法則にのっとって人生を歩めば、病気や種々なる問題からも解放され、真の自由と平和を手に入れることができる。

日常的に経験する陰陽は表1に示すので参照してもらいたい。

表1 陰陽の例

「マクロビオティック食事法(上)」より

一般的に女性は陰性、男性は陽性である。

その陰陽が調和していれば夫婦関係や男女関係は長続きし、子供をもうけて、よい家庭を築き上げることができる。しかし、調和がとれなければ、言わずもがなの結果となる。

病気予防、病気治療、健康維持についてはどうか。これらについても陰陽の調和をはかればよい。

桜沢如一は陰陽論をベースに食養生(マクロビオティック・ダイエット)の体系をつくりあげた。

陰陽の調和を保ち、中庸に近い体質を維持する事が健康に繋がる重要な鍵であると述べている。

陰陽の調和を図るには、生活環境や生活様式もさることながら、日常的に何を食べるかが最も大きな影響を及ぼすのである。

人間一人ひとりの体質は全て異なっており、陰陽それぞれの程度も一人として同じものはないが、陰性の体質と陽性の体質とに大きく分けることができる。

分けると言っても、はっきり明確に二つに分けられるわけではなく、相対的な比較表現である。

例えば、BはAよりも陰性だがCはBよりもさらに陰性であった場合、この三者の中ではAが最も陽性である。つまり絶対的な陰性、陽性というのは存在しない。

体質が陰性すぎて病気になっている陰性過多の人は、中庸から陽性の食物を食して、その体質を中庸に近づける。

反対に体質が陽性過多の人は中庸から陰性の食物を食して、その体質を中庸に近づけることにより、病気治癒、病気予防、健康維持につなげていく事ができる。

これが陰陽の調和を図ると言うことである。

陰陽の調和を図る際、砂糖や乳製品、なす、トマト、ピーマン、ジャガイモ、香辛料などの極陰性の食物や、肉、魚、卵、チーズなどの極陽性の食物は用いるべきではない。

陰陽両極端の食物は、人間の体質を激しく陰または陽に揺り動かし、中庸に近づいた状態に戻すことが困難になるからである。

つまり現代的な食生活自体が、このように両極端な食物で成り立っているために癌や慢性病が増加しているのである。

東洋医学的概念に精通する者やマクロビオティックの食養家達は、体質の陰陽を見分けるにあたって、望診(視診)してその人の人相や骨相、手相、足相をみたり、声診や脈診、腹診などを行なって判断している。

現代医学では、癌とか高血圧、糖尿病あるいは化学物質過敏症などという病名をつけるが、これは表面に現れた症状に対しての病状名である。

東洋医学やマクロビオティックではこれらの病状名など必要なく、その病人が陰性過多のために発病しているのか、あるいは陽性過多のために発病しているのか、その病人の全体像を把握、判断して治病に結びつけていくのである。

しいて病名をつけるとしたら、陰性過多病かあるいは陽性過多病かの二種類だけで事足りる。

細かく専門分野化された現代医学は、一本の木のみを見ているだけで全体としての森を見ていない。

当院では便宣上、現代医学的な診断名をカルテに記入してはいるが、それは健康保険を適用させる為だけに用いているのであり、陰陽論に基づいた治療を行なう上では全く必要のないものである。

図1 体質別陰陽表

「自然の法則と共に生きる正食」より

その個人の体質が陰性か陽性かを判断するには、たとえば図1に示すように、体質を望診によって五つに分けている。

陰性の肥大(肥満型)はいわゆる水太りといわれるもので、色白でぶよぶよしたタイプである。

この場合の食養生は水分の摂取を少なめにし、果物や砂糖、生野菜などの陰性食はやめ、塩気を強くした、中庸から陽性の食事にする。

陽性の肥大(多血型)は、赤ら顔をし、よく汗をかき、いわゆるかた太りと呼ばれるタイプである。

この場合は、肉や魚、塩気の強い陽性な食事をやめ、野菜を多くした中庸から陰性の食事とする。

陰性の萎縮(萎縮型)は青白い顔をし、ひょろっとした体型をし、大人しいタイプである。この場合の食養生は主食(玄米)を多くし、副食や飲み物を陽性にし小量摂取する。

陽性の萎縮(筋骨型)は血管が収縮し、血液循環が悪いため冷え症でもあるタイプで、主食は玄米粥、塩気を少なくし、中庸化をはかる。

もちろんこれらのタイプ以外にもさまざまな混合型があるが、ここでは典型的な例をあげている。

図の中央に中庸、理想の健康とあるが、現代人ではむしろこのタイプは少ない。

人体における陰陽の調和がとれ、中庸に近い状態であれば病気にはならず、健康を維持することができる。

しかし陽性過多、あるいは陰性過多となったとき、人は発病するのである。なるべく中庸に近い食物で陰陽のバランスをとっていくことが重要である。

重病になっていく程、そのバランスはとりずらく、病気の回復は難しくなる。

人間だけではなく、他の動物もそうだが、食物や酸素を摂取し、消化吸収し、生活に必要な物質やエネルギーを産生する。

逆に種々の物質を分解し、酸化し、合成した産物を体外へと排泄したり、運動を行なったりして、エネルギーを消費する。

このように生体を構成する物質は常に変化しつつあるが、生体全体としては動的平衝状態を保ち、固体を維持している。

このように生体は外界及び内界に多少の変化があっても一定に保たれている。これを恒常性機能あるいはホメオスターシスという。

この恒常性機能を維持していくためにも極陰や極陽の食物を摂取すべきではなく、恒常性が保たれやすい中庸に近い食物を摂取していくべきなのである。

こちらに続く: 人の体質を食物により中庸化する陰陽調和【植物の陰陽】

【参考文献】

「医者ができること、してはいけないこと」 小澤博樹  三五館

「治す医者か、ごまかす医者か」 小澤博樹  三五館

「無双原理・易」 桜沢如一・著  日本CI協会

「東洋医学の哲学」 桜沢如一・著  日本CI協会

「自然の法則と共に生きる正食」 生存への行進出版部 日本CI協会 世界正食協会・他

「マクロビオティック食事法(上)」 久司道夫 久司アベリン偕代・共著 日貿出版社

【こちらもオススメ】

砂糖の毒性について多くの研究者や食養家が警告を発している

診断X線検査からの発癌リスク【日本は医療放射線被ばく大国】

現代医学が処方するクスリ(化学薬品)はなぜ効かないのか

pic

小澤 博樹

1949年愛知県碧南市生まれ。1974年東邦大学医学部を卒業後、同付属病院にて消化器外科学、一般外科学を専攻。

1984年、碧南市にて小澤医院を開業し、「食養生」を基本とした代替医療を展開し、現在に至る。

現代医学そのものが金儲け主義であると批判。自らは最少の費用で最大の成果を提供しようと模索する。頑固と良心の共存した、清貧な医者である。

マクロビオテック(玄米菜食)による体質改善、免疫力・自然治癒力の向上を図り、病気を治療に導く有床診療所「小澤医院」のHPはこちら→小澤医院

主な著書に「治す医者か、ごまかす医者か―絶対あきらめない患者学」「医者ができること、してはいけないこと―食い改める最善医療」などがある。

知らないことは罪である。知ろうとしないことはさらに深い罪である。シェアして拡散しましょう!